「yoshie inaba」は今年で立ち上げから43年。デザイナーの稲葉賀恵さんはブランド終了を決めた=岡田真撮影

ファッションデザイナーの稲葉賀恵さんが、自身のブランド「yoshie inaba(ヨシエ イナバ)」を終了すると発表した。1970年代に「BIGI(ビギ)」「MOGA(モガ)」を立ち上げ、81年にヨシエ イナバをスタート。日本のファッションの礎を築き、50年以上にわたって第一線を走り続けてきた。稲葉さんに今の思いを聞いた。

――7月にブランドの終了を発表しました。2024年秋冬が最後のコレクションになります。

「続けたい気持ちもあったのですが、今年85(歳)になりますから、やはりね、傷んでます、体も頭の中も。間違ったことを言っちゃうかもしれないし、そうしたらスタッフが戸惑うでしょう。特殊ないいものを作っている、こぢんまりとやっているような工場さんもなくなってきました。やりたいことがかなわなくなってきたこともあります。ちょうど終わりどきじゃないかなと」

最後のコレクションとなる2024年秋冬のテーマは「いつまでも輝く女性たちへ贈る素材にこだわり、少しだけ流行を意識した定番服」

――日本にはまだブランドがほとんどなかった時代にビギ、モガをスタートし、その後ヨシエ イナバを立ち上げました。どんな思いで洋服を作ってきましたか。

「ビギの時はまだ若くて突っ張っていたし、時代はフラワーピープル、ヒッピーのころですから、私も親が顔をしかめるような格好をしていました。けれどだんだん付き合いも広くなってくるとそうはいかない。それで、働く女の人のために必要なものをとモガを作りました。それがちゃんと一通りうまくいくと、その次はもうちょっと質のいいもので長く着れるもの、少し高くても飽きないで着れるものを作りたいと思ってヨシエ イナバを始めました。なにしろずっと、(世の中に)ないものが作りたかったわけ」

「だんだん年を取ってくると、(顔を出す)場面も増えますでしょう。時間的にも立場的にも、エグゼクティブの方との付き合いがあったり、そうかと思ったら、若者と居酒屋でホッピーっていうのを飲みながら乾杯したり。いろんな場面に対応するものを作ってきました。私の服はコーディネート1つでどこでも大丈夫なんです。ちゃんとしていなくてはならないときはそのまま着ればいいし、運動するときのスエットパンツの上にパッと着てもおかしくない。形は難しくなくて、着やすいベーシックでオーソドックスなもの。コーディネートするのに便利な洋服でありたいの」

2024年秋冬コレクションのひとつ。飽きのこないスタイルで、着る人の個性を引き出す

「洋服の形は同じでも、生地が変わるとガラッと変わる。色は何でも美しいと思うけれど、私は黒が好きです。黒は邪魔しないし、アクセサリー1つ合わせれば正装にもなるし、素材によって黒も全然色が違ってみえるのも面白いなと思って。黒やチャコールグレー、紺とかベージュとか、8割は着やすくて自然な色を大事にしてきました」

――特に心に残っている仕事はありますか。

「(1996年に)JALの制服を作り、いろいろなことが勉強になりました。まだ外国への憧れが強いときで、(当時他社の制服を手がけていた)『アルマーニ』みたいなのが着たいとか、青春の青にしてくれとか、桜のピンク色がいいとか、いろいろ言われまして、『嫌です』って、2度お断りして。自分の納得いくようなものを作れないのならやりたくないと、2度ばかりケンカしたんです」

「客室乗務員(CA)の人たちは本当にすごい重労働。今よりもっと狭い機内で、しゃがんだり、座ったりして、あんなに過酷な仕事してると思いませんでした。だから、それでも大丈夫なようにと生地を作りました。ポリエステルだと疲れると思って、いいウールに、しわにならないようにほんの少しポリエステルを入れて、織ることから始めました。軽くてしわにならない生地にするために何着も試着しました。2度目のとき(2004年)は、CAの人たちの要望で、(デザイナーが)私に決まったんです。喜んで着てくれてうれしかったですし、自分の中でもエポックだと思っています」

――長く続けてこられた原動力は何ですか。

「一緒に働く人たちです。特に昔はとても団結していたの。ファミリーでしたね。なんでも言いたいこと言うし、売り上げがちょっと上がると、みんなで『乾杯!』という感じだし、とても仲良かった。会社に出てくるのが楽しくてしょうがなくて、かなり遅くまで働きました。振り返るといい時代でした」

創業当時の「BIGI」。まだブランドの少なかった時代で「だからこそ受けた。割とオシャレなものを作ったつもりよ」と稲葉さん

――生活者のファッションに対する意識の変化を感じますか。

「やはりユニクロは変えましたね。私はね、すごく尊敬しています。特に素材を作ったこと、ものづくりから始まったっていうのは素晴らしいと思う。ヒートテックって持っていない人いないんじゃないかしら。しかも、基本的な形で、基本の襟の引き方(作り)で半袖か長袖かといった『本当のTシャツ』を作りましたでしょう。当たり前のものをちゃんと作ってるっていうところが素晴らしい。あれからずいぶん服に対しての考え方が変わったと思います。ただ、安いってところだけに目を付けて、それに見習えと安いものを作ろうとすると、安いから捨てるという感覚になってしまう。そういうのってなんだかなあという気持ちもあります」

――若い世代に伝えたいことはありますか。

「基礎がすごく大事だと思う。そう言っちゃうと古いのかな。でも、ベーシックなものはきちっと把握したほうが得よね、と思うの。例えば、料理だったら台所をきれいにするところから始まって、鍋の底をきれいに洗ったり、だしをとったり。すべて自分のために勉強。基礎や修業をないがしろにすると、年をとったときに自分が困るんじゃないかな。それから特にアパレルで働く若い人たちには、いろんなものを見てもらいたい。美しいものばっかりじゃなくて、いろんなものを知ってほしい。なんでも馬鹿にしないで体験したほうがいいと思う」

阪急うめだ本店(大阪市)では最後のポップアップイベントを開催予定。阪急では18日、日本橋三越本店(東京都中央区)では30日に、稲葉さんが店頭で接客するという

――今後、取り組まれたいことは何ですか。

「本当に終わってからじゃないと考えられないのかもしれない。今は(作ってきた服の)アーカイブをまとめた書籍を作っていて、次になにをやりたいかはまだ考えられないの。書いておいて、来春本が出るから皆さんよろしくって(笑)」

井土聡子

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