訪問先の京都市内で葵祭を観覧し、笑顔を見せられる上皇ご夫妻=昨年5月

上皇さまは30日、譲位から5年を迎えられる。天皇の譲位は江戸時代の光格天皇以来202年ぶり、憲政史上初めてで、「一代限り」の皇室典範特例法により実現した。一方、高齢化を背景に、海外の王室では譲位が慣例化している国もある。譲位による代替わりの意義と課題について、改めて識者に聞いた。

実情、いかにくみ取るか

所功・京都産業大名誉教授

所功氏

日本の皇室の長い歴史において譲位はたびたび行われてきたが、明治以降、戦後の皇室典範でも認められていない。一方、社会全体の高齢化に伴い天皇も高齢となる中で、全身全霊でその務めを果たしていくことが困難になる、と平成の天皇が予見し、譲位の意向を持たれたことは自然なことだったといえる。

英断として改めて評価すべきなのは、平成の天皇が現行法の範囲でできること、できないことを十分に理解し、制度の問題に言及することは避けながら、天皇としてのお務めの実情を訴えることで譲位の道を開かれたことだ。国民はそのビデオメッセージに共感し、政府や国会が動き、特例法の制定に至った。

特例法は確かに一代限りのものだが、高齢を理由とする天皇の退位について詳細に記している。天皇が今後、同様の問題に直面した場合、直近の先例として参考になるものであり、実績が重なれば皇室典範の改正や増補にもつながるだろう。

一方で、平成の天皇のメッセージを発端とする譲位は、生身の人間である天皇の思いをいかにくみ取るか、という課題も鮮明にした。皇室と国民の在り方を考え、象徴世襲天皇制度を維持していくためには、私どもと同じように喜怒哀楽があり、生老病死に向き合う皇室の方々の実情に、政府や国民がもっと敏感に耳を傾けていく必要がある。

世界潮流、制度化議論を

君塚直隆・関東学院大教授

君塚直隆氏

皇室も海外王室も高齢化が進む中で、譲位は世界的な潮流になりつつある。今年1月にデンマークのマルグレーテ女王が在位52年を迎えたのを機に自らの意思で退位し、長男のフレデリック皇太子が即位した。背景には83歳という自身の年齢や後継者の成長、周辺国の王室の世代交代があった。北欧ではこれまで譲位の慣例はなく、スウェーデンなど隣国に波及する可能性がある。

上皇さまが譲位の意向をにじませられた2016年のビデオメッセージの数年前には、長年親交があったオランダのベアトリックス女王や、ベルギーのアルベール2世、スペインのフアン・カルロス1世が相次いで譲位していた。動画で国民に直接語りかける手法や、人々に寄り添い、苦楽を共にしてきたというメッセージの内容には、ベアトリックス女王が退位を表明したテレビ演説とも類似点があり、同世代である欧州王室のご友人らの影響は大きかったと考えられる。

一方、欧州王室の多くでは譲位に関する法律や制度が整備されているが、日本では代替わりで一時的に関心が高まったものの、議論が進んでいない。象徴とは何か、皇室は国民にとってどんな存在なのか、国民全体を巻き込んだ議論を喚起するためにも、宮内庁は皇室と国民の距離を近づける情報発信にさらに力を入れるべきだ。

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