とれた魚の計量作業を行う富永さん夫妻=岡山県玉野市

「あなたの専属漁師」-。インターネットなどを通じて個人や飲食店から直接注文を受け、必要な分だけの魚介類を漁獲し直送する「完全受注漁」が注目を集めている。令和5年に本格導入した岡山県玉野市の漁師、富永邦彦さん(37)。市場に出荷していた頃に比べて水揚げは3分の1、操業時間も半分になったのにもかかわらず、売り上げはほぼ倍増、コストは30%減となった。富永さんは「漁業が持続可能な産業となって新規就労者が増えるよう、しくみを確立して全国に広げていきたい」と意欲を燃やす。

持続可能な漁業に

富永さんは、妻の美保さん(37)と「邦美丸」の屋号で胸上漁港で操業する。4~9月は底引き網漁、それ以外の期間は海苔の養殖・加工・販売を行っている。

網を下ろす富永邦彦さん(邦美丸提供)

大阪出身の富永さんは魚が食べられず、触れもしなかったが、17年前、実家が漁師だった美保さんとの結婚を機に、玉野市に移り、漁師の道へ。しかし、「夜中に起きる昼夜逆転の生活で労働時間も長く、思ったよりはるかに大変」で2年でいったん断念。その2年後、初心に立ち返り、漁師に再挑戦した。

当時、岡山をはじめ大阪や京都の市場に漁協を通して出荷していた。「今より豊漁だったが、市場で買い取られた値段が出荷翌日にしか分からず、多くとるしかなかった。全体の出荷量が多くなり値段が下がるという悪循環」と振り返る。仕事を覚えることに専念しつつ、「10年後に続けていけるやり方を模索しなければ」と考えるようにもなったという。

「受注漁」という働き方改革

受注漁は直販のほか、「漁師さん直送市場」などのECサイトで鮮魚セットの注文を受け、邦彦さんが夜中や夜明けから漁を行い、神経じめや氷じめなどの処理を施し、注文ごとに梱包して発送するしくみだ。注文量以上にとれた魚はリリースし、海の資源保護にもつながるという。

富永さんが導入したきっかけは、ニュースで「お魚ボックス」という取り組みが山口県で行われていることを知り、直販が可能だと気づいたことだった。

漁協と建設的な話し合いを重ね、直販に関する新しいルールづくりを進めつつ、梱包や発送、魚のしめ方などを勉強した。平成29年に収獲の一部を直販に切り替え。飛び込みで電話をかけて飲食店を開拓していった。価格はスーパーの値段などを参考に設定。仲卸を通さない分、利益率が高い。「漁師の顔が見える」「血抜きなどの処理に手間がかかっていて鮮度がいい」などと評判になったという。

とれた魚介類を邦美丸から運び出す富永さん夫妻=岡山県玉野市

新型コロナウイルス禍で飲食店からの発注は壊滅的となった半面、ステイホームで「家で魚をさばきたい」と個人からの注文が急増。完全受注漁への移行を後押しされ、令和4年シーズンは試験的に市場出荷を行わず直販のみとし、翌年から「受注漁」を掲げて本格的に展開している。

働き方改革ともなった「受注漁」。富永さんは「子供を保育園に送り迎えしたり一緒に遊んだり食事をしたり、家族と過ごす時間が増えたことが何より」と笑顔を見せる。

漁の合間に撮影した朝日の写真などを毎日SNSで発信。長女(14)による魚のさばき方動画を投稿したり、お客さんから「こんな料理にしました」と返信があったり、双方向のやりとりを行うことで注文も増える結果につながっている。

地魚の地産地消を

日本の漁業は、全体的に漁獲量が減り、気候変動の影響で魚種やよくとれる時期が変わっている状況で「いかに高く売れるようにするか」が課題。富永さんは、その有効な手段の一つとして「受注漁」の普及を目指している。

胸上漁港に停泊する小型漁船「邦美丸」=岡山県玉野市

受注漁を漁協内へ広げる前段階として、今年、玉野市の観光協会などと協力してクロダイプロジェクトを立ち上げた。地元飲食店に地魚を使ってもらい「地産地消」を観光の売りにする試み。海苔養殖で食害を与えているクロダイは多くとれるが鮮度の落ちるのが早く取引価格が安い。「地元の店に多く使ってもらえば価格が安定し、とる漁師が増えるはず」という算段だ。

邦美丸からクロダイを仕入れている瀬戸内温泉たまの湯の食事処「海廊」の小林知己料理長は「クロダイは栄養豊富で関東では高級魚。富永さんの魚は安くておいしく、お客さまからの評判がいい」としたうえで「地魚で地域を盛り上げる取り組みに協力していきたい」と話す。

昨年度には14のビジネスコンテストで受賞し、そのビジネスモデルに注目が集まっている。講師として大学生や小学生にPRするなど活動の幅も広げており、富永さんは「受注漁を一般の人や企業など幅広い層に知ってもらうこと、次代を担う子供たちに漁師の魅力を伝えることが大事」と、力を込める。

今夏、大阪府内の未経験の30代の男性会社員を就労希望者として受け入れる予定だ。「若い漁師が少ない。働く環境が改善し、持続できる産業、やりたくなる、夢のある職業にしたい」と話している。(和田基宏)

「邦美丸」では、1日当たりの発送量に限界があり、現在は既に受けた注文が優先。新規注文はめどがついた後に再開予定。

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