少し前から、女性活躍推進がずいぶん声高に叫ばれるようになりました。文字通り、女性にもっと社会の中で働いてもらおう、活躍してもらおうというスローガンです。
ただし、まだ言葉だけが上滑りしているような気がします。個々人の意思にかかわらず、「いいですか、女性も社会に出たら活躍するんですよ」という押し付けがましさも感じられます。
そういう欺瞞(ぎまん)にZ世代は敏感です。実際、授業で女子学生に尋ねてみると、「本当に活躍の場を与えてくれるのか」「女性にどういう役割を求めているのか」「そもそも男性と女性で何が違うのか」といった冷めた見方が次々と出てきます。
もっとも、女性の社会進出は今に始まった話ではありません。戦後、社会の期待に応えようと奮闘した女性たちがいました。これまであまり注目されてこなかったその歴史に光を当てたのが、日本近現代史の気鋭の研究者・満薗勇先生の『消費者をケアする女性たち 「ヒーブ」たちと「女らしさ」の戦後史』(満薗勇著/青土社)です。本書は1970〜90年代半ばまでの女性の働き方の歴史を丁寧に記述しています。
「ヒーブ」とは何か
本書のキーワードは、サブタイトル「『ヒーブ』たちと『女らしさ』の戦後史」にある「ヒーブ(HEIB)」です。HEIBとは「Home Economists In Business」の略で、企業内で働く家政学士を意味します。アメリカのHEIBは実態として女性が多かったものの、性別は問いませんでした。
これに対し、日本ヒーブ協議会によるヒーブの定義は、会員資格を家政学士に限定せず、「企業の消費者関連部門で働く女性」というものでした。女性だからこそ企業に消費者の視点を導入できると考えられ、働く女性のリーダー的な役割も担うようになっていきました。
消費者の視点を女性に限定するのは、現代のジェンダー論の常識から見れば疑問が浮かぶかもしれません。しかし、当時、企業内に女性が携わることで、マーケティングに役立ったり、顧客満足度が上がったりすることは歴史的に少なからずありました。
典型例は、本書でも紹介される資生堂です。かつては製品開発も消費者対応も主に男性が担っていたそうですが、化粧品メーカーは顧客の大半が女性である以上、さまざまなミスマッチが生じていました。そこで女性のスタッフを抜擢(ばってき)し、「女性ならでは」の視点で問題解決を担わせたそうです。
資生堂に限らず、特にB to Cの会社にとって消費者対応は極めて重要です。戦後、その重責を女性が担うようになっていきました。
女性の力を家庭内のみならず、社会の中でも発揮する機会を作るというのが「ヒーブ」の発想でした。これはまさに昭和の女性活躍推進活動といえます。ただ日本で初めて登場した1970年代末当時、ヒーブの女性たちは、珍しさもあってずいぶん批判やあつれきの対象になったそうです。
本書では、そんな環境で奮闘してきた女性活躍の先駆者たちの姿が克明に描かれています。例えば女性が社内で目立つと、それを快く思わない男性社員が少なからずいます。彼らの反発がありながらもどうキャリアを形成していったのか、大企業で活躍した女性の実例を「ライフヒストリー」の形で詳細に追っています。これはキャリアに悩むZ世代の女性にとっても、大いに参考になると思います。
読み方には注意が必要
ただし、本書の読み方には注意が必要でしょう。登場する女性は、家事や子育てをしながらも職場では男性と同様にフルタイムで働き、なおかつ「女性らしさ」を発揮して消費者対応を任せられるという、かなり過酷な条件での就労を強いられます。今日の感覚から見れば古めかしく、違和感すら覚えるかもしれません。女性にだけ「消費者ケア」を求めるのも変な話ですよね。
それに対して著者の満薗先生は、当時の女性の働き方を、特別に肯定も否定もしようとはしません。歴史家として、真摯に事実を追って記述することに集中しているといえます。社会的に微妙な題材でありながら、著者の思想やバイアスを感じさせず記述しきるところに、本書の良さと、研究者としての矜持(きょうじ)を感じます。働く女性史の基礎知識として、あるいは現代的なディスカッションの題材として、多くの方に一読をお勧めします。
例えば本書を通じて、女性に過重労働をさせない社会にするにはどうすればいいか、という議論も可能です。あるいは組織の中で昇進し、管理職になるような女性は何が評価されてきたのか、という検証にも使えると思います。本書は読み手に能力を求める本です。本書が一つの方向性を示すというより、本書に示された事実を基に議論をしていくべきだと思います。
脱「満点人間」のすすめ
昨今よく見聞きする言葉に「ワーク・ライフ・バランス」があります。要は「仕事も生活も充実させよう」ということでしょう。しかし、これは「仕事も生活も手を抜くな、どちらも100%できて当たり前」という過度な要求に転じることもあります。それも自分で目指すというより、自分の快適のため周囲に完璧を求める傾向が強いような気がします。
その結果何事にも全力投球を強いられて、誰もが気の抜けない日々を送らざるを得ません。私はこれを「満点人間志向」と呼んでいます。ストレスがたまる生き方であることは間違いないでしょう。
アメリカのある経済学者は、そもそも女性が社会で働きだしたのは、国が貧しくなったからだと主張していました。世帯収入を夫だけでは賄えなくなったため、妻も、場合によっては子どもも外で稼がざるを得なくなった、というわけです。子どもを働かせるといったら物々しいですけれど、ほとんどすべての学生がアルバイトをしている現代日本って、実質的にそういう状況ですから。
「女性活躍推進」も「ワーク・ライフ・バランス」も、使い方によっては貧しさの象徴といえるかもしれません。個々人がよりよく生きるため、幸福になるための「女性活躍推進」や「ワーク・ライフ・バランス」であればいいでしょうが、苦しくなった社会を打破するために動員されるスローガンであるならば、ちょっと問題ありです。
当然ながら、私たちは満点人間にはなり得ません。むしろ、本人が自覚しているよりずっと欠点が多いと思います。そうした前提に立って、他者に満点を求めるのをやめ、お互いに補完できる社会になればいいなと思います。
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舟津昌平経営学者、東京大学大学院経済学研究科講師。1989年、奈良県生まれ。京都大学法学部卒業、京都大学大学院経営管理教育部修了、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。京都産業大学経営学部准教授などを経て、2023年10月より現職。著書に『経営学の技法』(日本経済新聞出版)、『Z世代化する社会』(東洋経済新報社)、『制度複雑性のマネジメント』(白桃書房/2023年度日本ベンチャー学会清成忠男賞書籍部門、2024年度企業家研究フォーラム賞著書の部受賞)、『組織変革論』(中央経済社)などがある。(写真:稲垣純也)
(取材・文: 島田栄昭、取材・構成: 桜井保幸=日経BOOKプラス編集、写真: 稲垣純也)
[日経BOOKプラス2024年8月19日付記事を再構成]
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