高校野球の発展に尽くした指導者に日本高校野球連盟と朝日新聞社が贈る「育成功労賞」に、山形県内から公立3校で計30年近く監督を務めた小原(おばら)宏幸(ひろゆき)さん(61)が選ばれた。選手との対話を大切にし、人としての成長を願う指導を貫いた。

 「甲子園に行きたい。その思いが監督を志す原点だった」

 高校時代、日大山形で甲子園のベンチ入りはできなかった。筑波大で野球の奥深さを知り、保健体育の教師に。28歳で寒河江工の監督になった。

 野球は「人づくり」につながると考えてきた。

 「丸いボールとバットを使い、土の上でプレーする。雨が降ったり、まぶしかったり、風が吹いたりして、イレギュラーなことが起きる」

 予期しないことを乗り越えることで、たくましさや、人への優しさが生まれると信じるからだ。

 試合前後や練習の際のミーティングを大切にした。「質問コーナー」「3分間スピーチ」といった時間を設け、選手たちに話すことを求めた。

 「野球を深く理解するために、自ら質問を探して」という願いだ。社会人になると、人前で話す機会が増える。「頭の中に材料を仕込み、組み立て、話すことを身につけてほしい」。スピーチにはそんな狙いがあった。

 2018年3月まで監督を務めた山形工では、東日本大震災直後の11年春の県大会で3位に入った。

 長井に移って2年目の19年夏の山形大会。2回戦で山形工と対戦した。相手には指導した選手が残っていて、監督は寒河江工時代の教え子だ。

 試合は、長井が山形工に敗れた。悔しさとともに、「うれしい」という気持ちもわいた。甲子園出場はかなわなかったが、多くの人材を育てた。

 再任用教諭となり、今年4月からは山辺高校に赴任。野球部はなく、バレーボール部の監督になった。新たな挑戦に情熱を注ぐ。(坂田達郎)

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