作家の早見和真さんは神奈川・桐蔭学園の高校球児だった。今年3月、新刊の小説「アルプス席の母」(小学館)を出版。主人公は球児の母親という異色の作品だ。

 「デビュー作の『ひゃくはち』は、高校野球をやっていた自分が(体験を)むきだしで書かなければいけないものだった。その後、コロナ禍の球児と支える大人たちに密着した『あの夏の正解』というノンフィクションを出した。この時に、初めて保護者の目線を手に入れられたような実感があった。図らずも自分自身が親になり、今なら保護者視点で書けるんじゃないかと思ったんです」

 高校時代はベンチ外。高校野球への感情は長い間、いびつだったという。

 「高校野球には一方通行の恋愛で、全く振り向いてもらえなかった。『ひゃくはち』を書くまでテレビ中継も見ることができなかったくらい。見られるようになっても、(選手たちは)大人におし着せられたように振る舞っているんだろうという意地悪な見方は変わらなかった。それが、『あの夏の正解』で球児たちの純粋性みたいなものに触れて、大人たちが葛藤する場面にも立ち会って。それ以降、高校野球にちゃんと感動している。今回の作品には、そういう目線を素直に持ち込んだんです」

 主人公は、学年に基づく保護者間のヒエラルキーや監督との関係の難しさなど様々な問題に直面する。神奈川出身だが、あえて舞台を大阪の新興私学にした。

 「大阪は神奈川より、人と人の距離感が半歩近いと思う。神奈川の学校でさえ、うちのおふくろは苦労していた。大阪だとさらに主人公は苦しむだろうなって。作家としての意地悪な視点です」

 北は宮城・仙台育英から南は愛媛・済美まで、20人ほどのお母さんにインタビューした。

 「警戒されるだろうと思っていたら、すごく話してくれた。保護者の生の声というか、体の中からわき出してきているものがあった」

 作中、主人公の息子は才能ある後輩と自らを比較。投手を諦め、野手に転向する。

 「子どもって勝手に『自分はこんなものだ』と型にはめ、そこで折り合ってしまう。僕自身、桐蔭学園中学2年の時に、高橋由伸さん(元プロ野球・巨人)が桐蔭学園高校に入ってきた。その打撃練習を見て、選手としての自分は終わったって考えた。そして、何も伸びなくなった」

 主人公や監督は、息子に投手に再挑戦するよう説得し続ける。

 「ご本人にも直接言っているんですけど、『たかが』高橋由伸と出会ったくらいであんなに絶望した自分に、やっぱり腹が立つんですよ。不遜で傲慢(ごうまん)だった当時の自分は、『この人を越えりゃ、プロになれんだろっ!』っていう捉え方もできたはずなのに。中2という若さで本物を見抜けたことは評価に値するんでしょうけど。今回の作品では、周りの大人たちが諦めさせなかった。諦めなかった子どもが脚光を浴びる場面は、絶対に書かなきゃいけないと思ったんですよね」

 2年前の第104回全国選手権大会でアルプス席から試合を観戦した。球児たちの輝く姿を見て、改めて思った。

 「すげーうらやましいなって。お前らが思っている以上に、人生でそうそうない場所に立っているんだぞって。いまだにいいなと思いますよ。プロ野球選手と同じくらい憧れた小説家という仕事をさせてもらっていますけど、中継で甲子園で逆転本塁打を打った子を見て、僕の人生と今すぐ入れ替えてもいいと思いましたから。プロ野球の4番を打つより、甲子園で輝く方がうらやましい」

 自身の現役時代から、様々な面で変化している高校野球。変化は否定しないが、思うところはある。

 「僕の中に『甲子園補正』みたいな部分があって。長髪で伸び伸び野球みたいなチームと、地方の丸刈り頭のチームだと、丸刈りを応援してしまう。今年は昼間の暑い時間を外して試合をするそうだけど、本当にそれを選手が喜んでいるのかっていう思いもあるんです。選手の頃、僕は暑ければ暑いだけ、高校野球の現場にいる感じがした。ドーム球場でやれっていう意見は、大人の側からはよく聞く。でも、僕は球児からそういう意見を聞いたことがないんです。もちろん、球児たちが大人に言わされるのではなく、自分たちの言葉で改革を求めた時には、受け入れなければいけないと思います」

 高校野球は甲子園でやってこそだという思いが強い。

 「阪神大震災があった1995年の選抜大会、東京ドームや倉敷マスカットスタジアム(岡山)に変更されるといううわさが出回った。その時に思ったんですよ。高校野球の全国大会をめざしたことは一度もない、甲子園でやる大会に憧れ続けていたんだって」

 なぜ、甲子園にそれだけひきつけられるのか。

 「今回の作品の中で、高校野球好きの子どもが、主人公の息子がいる学校のファンだったという場面がある。僕は『憧れの再生産』という言葉を使っている。打算のない幼少期、テレビで見る甲子園のお兄ちゃんたちは本当に格好よかった。憧れを抱いた子たちが成長して甲子園で輝き、それに憧れる子どもが出てくる。それこそが、文化にもなった甲子園というものの正体だと思うんです」(聞き手・松沢憲司)

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