(21日、第106回全国高校野球選手権大会準決勝 鹿児島・神村学園1―2東東京・関東第一)
やっと、立てた。この場所に立つことが、ずっと夢だった。
勝てば、学校初の決勝。大舞台での先発を任された背番号11の関東第一、大後(おおご)武尊(たける)(3年)の胸には、うれしさと緊張感が入り交じっていた。
東東京大会では初戦と5回戦で登板したが、準々決勝以降のマウンドを任されたのは、自分ではなかった。投げたのはエースの坂井遼(3年)と、背番号10の畠中鉄心(3年)。投手の二枚看板だった。
夏の甲子園初戦のマウンドに立ったのも、この2人。「自分は多分、甲子園でも投げないんだな」と思った。
だが、その初戦後、米沢貴光監督に「お前もあるから準備しとけ」と声をかけられた。目の前には、憧れの甲子園のマウンド。「自分もここで投げたい」。うずうずした。3回戦の明徳義塾戦、伝令役で出たときも「俺に投げさせろ」と冗談とも本気ともとれない言葉で、仲間を和ませた。
東海大相模を破った準々決勝の夜。もう耐えられなかった。仲間が見守る夕食の席で、この試合のウィニングボールを米沢監督に手渡す際、頼んだ。「次の試合、僕に投げさせてください」。監督は、その場では答えをくれなかった。
迎えた準決勝。米沢監督の出した答えは、大後の先発だった。「すごく調子が良くて頑張っていたし、ずっと投げたいと言ってくれていた」
試合前、米沢監督は甲子園の室内練習場で大後に先発を告げた。「今までのことを信じて投げろ」。憧れの地での初登板。願っていたことだったが、大後は驚いた。畠中は「初回を抑えれば、気持ちも楽になって楽しめるよ」と送り出してくれた。
マウンドに上がった大後は、期待に応えた。先頭打者こそ四球で出したものの、「バックには鉄壁の守備がいる」。強打の神村学園相手に、チェンジアップやスプリットなどの変化球を投げ分け、打たせて取る投球で3回を無失点に抑えた。1失点したものの、五回まで安定した投球をみせ、予定通り六回でエースの坂井につないだ。
「自分が1点取られたせいで、負けるんじゃないか」。ベンチに戻るとこわくなった。でも、仲間たちは頼もしかった。七回に連打で2点をもぎ取り、逆転。「神様っているんだな」
こみ上げる涙をぬぐいながら、1点差の九回表。1死一、二塁のピンチで伝令に出ると、「ここは笑顔で楽しくやろう」と伝えた。中堅手の飛田優悟(3年)のバックホームで試合が終わると、ベンチから飛び出て仲間と抱き合った。
大後の気持ち、努力を思い、信頼して先発させた米沢監督は試合後、「緊張もあったと思うが、彼の良さを出してくれた。すごくいいピッチングだった」とほめた。大後は「終わった瞬間は、もううれしすぎて。仲間を信じてよかった」。そして目尻に涙をにじませながら、こう笑った。「今日の試合で、(二枚看板の)三枚目に入れたのかな」(佐野楓)
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