9年ぶりに夏の甲子園に出場した早稲田実は、不思議な魅力があるチームだった。甲子園での3試合はいずれも観客を魅了し、選手の成長ぶりは、甲子園経験が豊富な和泉実監督をも驚かせた。記憶に残るチームの夏を振り返る。
17日、大社(島根)との3回戦。2―2で迎えた九回裏、1死二、三塁で一打サヨナラのピンチ。2万2千人が詰めかけた甲子園のスタンドが早実の守備にどよめいた。
左翼手を投手の横に配置し、内野手を5人にする極端な守備シフト。本塁には絶対にかえさないという早実の執念を感じさせる奇策だった。
大事な左翼手を任されたのは1年生の西村悟志だったが、落ち着いていた。打者の前の打席の打球方向も意識していた。ゴロがくると、「体のどこに当たってもいいから止めよう」とすばやく捕球し、一塁へ投げて2死に。一塁手はすぐに本塁に転送して三塁走者をタッチアウトに。ここで試合を終わらせなかった。
その後、早実はサヨナラで敗れたが、今大会で強く印象に残る場面と試合になった。和泉監督は試合後、涙ぐみながら「こんなにいい試合、いい経験させてくれて、こいつらすげえなと。ダメなところがたくさんあるのに、そのままこけない」と選手たちをほめた。
早実が掲げるのは、選手の自主性を重んじる「考える野球」だ。和泉監督は練習中、選手たちを近くで見つめるが、時折ヒントを与えるくらい。選手たちはときに学年の壁を越え、楽しそうに「タメ口」で話す。
部員は今夏48人と決して多くはなく、守備位置が変わる選手も多い。だが、八王子市にある野球部のグラウンドは国分寺市内の校舎から1時間ほどかかり、野球部寮はない。勉強もおろそかにできない。
だからこそ、粗削りでも「全員野球」で試合に挑み、逆境を乗り越えて強くなる。そんな早実の野球は、西東京大会から始まった。
初戦の明大八王子戦は土壇場の九回に追いつき、延長タイブレークで勝利。準々決勝の国学院久我山戦では、一時9点あったリードを追いつかれたが、辛勝した。昨夏覇者の日大三との決勝ではリードしては逆転される打撃戦に。最後はサヨナラ勝ちで3時間超の死闘を制し、甲子園の切符をつかんだ。
西東京大会6試合で58得点を挙げる一方、失点は31、失策は8。観客をハラハラさせながらも、最後は劇的な展開で勝つ。そんな戦い方が、見る人を魅了した。
甲子園入りした選手たちはリラックスした表情を見せた。宿舎では参考書を開き、長年、高校球児たちを受け入れてきた宿舎のスタッフを「甲子園で勉強しているチームはほとんど見たことがない」と驚かせた。
その一方で、試合ではこれまでと違った姿も見せた。課題だった守りが甲子園で見違えた。
初戦の鳴門渦潮戦。最速145キロを誇るも西東京大会では防御率7点台だったエース・中村心大(こうだい)(2年)が好投。初回に2点を失ったものの、その後立ち直り、7回4失点で川上真(2年)に継投。川上は打者6人を完璧に抑えた。守備も無失策と締まったゲームを甲子園の観客にみせた。
中村は、2回戦の鶴岡東(山形)戦でさらに躍動。持ち前の力のある直球をコースに決め、九回まで失点0に。タイブレークの延長となった十回には、中村自らがサヨナラの一打を放った。和泉実監督は「こんな成長した中村は見たことがない。本当に甲子園ってすごいところ」と驚きを隠さなかった。
この試合の十回表、高く跳ねた犠打を少し体勢を崩しながらもつかみ、迷わず三塁へ送球して二塁走者を封殺した一塁手の国光翔(2年)は「甲子園が自分を強くしてくれた。自信になった」。
和泉監督が言うように、良くも悪くも未完成のチームだったからこそ、甲子園という大舞台でどんどん成長したのだろう。そして、リードされても食らいつき、接戦でも気持ちで負けない姿勢が観客の胸を打ったのかもしれない。
主将の宇野真仁朗(3年)は大社に敗退後、「もっとチームが成長していく姿を見たかった」と話した。9年ぶりの夏の甲子園で強烈な印象を残した今夏のチームは、メンバーのうち1、2年生が11人。この経験を新たな歴史として刻んだ伝統校早実の野球を、また見たい。(西田有里)
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