「ヒーロー」を目指して

大逆転で世界ランキング1位の相手を破った瞬間、赤土のコートにあおむけになって喜びを表した小田選手。

会場の「ローランギャロス」の大観衆の視線を独り占めにしました。

「やばい、かっこよすぎる、オレ」

競技直後のインタビューでそう語った彼の姿は、間違いなく「ヒーロー」と呼べるものでした。

パラリンピックのこの種目で史上最年少となる18歳と4か月ほどでの金メダル獲得。有言実行の快挙でしたが、彼の最大の目的は「ヒーローになること」で、今大会はそのためのまだ「第1章」に過ぎないと位置づけていたのです。

国枝真吾さんにもらった勇気と目標

少年時代の彼にとってヒーローだったのは、車いすテニス界のレジェンド、国枝真吾さん。

選手時代の国枝真吾さん

病気になり失意の中で勇気と目標を与えてくれた存在で、車いすテニスを始めたきっかけとなった存在です。

その国枝さんが現役を退き「今度は自分が子どもたちのヒーローになる」と、その物語の「主人公」としての歩みを始めました。

決勝の相手は互いに認め合うライバル

第1章の舞台、パリでの戦いで1セットも奪われないまま迎えた決勝。

アルフィー・ヒューウェット選手

相手は四大大会でもしのぎを削り互いをライバルと認め合うイギリスのアルフィー・ヒューウェット選手でした。

「すべては整った。あとはどれだけ楽しむことができるか。その姿を見せたいし、僕の試合を見てほしい」

貫いたのは“楽しむこと”

そのことば通りに小田選手は「楽しむこと」を貫きました。

マッチポイントまで追い込まれても「楽しむ」

「アルフィー」コールが響き渡る異様な雰囲気の中でも、大観衆を味方につけて戦いました。

ヒューウェット選手が渾身のドロップショットをミスすると、ここから流れは一気に小田選手に傾きました。

「正直負けるかもと思っていたけど、あのミスで『来たな』と思った。そこからノリノリでテニスができた。楽しめたというのが1番の勝因かな」

コースを突いたフォアハンドや力強いバックハンドのリターンエースで3ゲームを連取しました。

ゲームカウント6-5で迎えた第12ゲーム。

満員の観客に手拍子を求めてから臨んだこのゲームは相手を圧倒しました。

「本当に楽しい試合だった。俺はこのために生まれてきたと思った。『本当にやれる』と思っていたけれど、やっぱり運命ってあるんだな」

2024年9月7日、宿命の地・バリで終わったヒーローへの物語の第1章。

その完結まで、小田選手がみずからどんなストーリーを紡ぎ出していくのか。

次の1ページ、1ページの先に、どんなエンディングが待っているのかが、今から楽しみです。

【詳しい結果はこちら】パラリンピック 小田凱人が金メダル 車いすテニス

“パリパラリンピックは宿命” 車いすテニス 小田凱人

【NHKニュース】パリパラリンピック2024

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