全日本実業団陸上が9月21~23日の3日間、山口市の維新百年記念公園陸上競技場で開催され、日本記録更新が期待できる選手も多数出場する。そのうちの1人が男子砲丸投で、8月のAthlete Night Games in FUKUI(福井)で日本人初の19m台を投げた奥村仁志(24、センコー)で、自己記録を50cm以上も更新した会心の一投だった。再度の日本新も期待できるが、本人は全日本実業団陸上の大会記録(18m20)更新を最低限の目標に掲げる。最終6投目に強さを発揮することが多く、最後まで目が離せない選手である。
18m53のセカンド記録更新も視野に
奥村は全日本実業団陸上の目標を「大会記録(18m20)を更新したい」と話した。8月に日本人初の19m台(19m09)を投げた選手としては控えめに思える内容だ。これには理由がある。
日本記録以前の自己記録、つまり現時点の自身セカンド記録は18m53ということを考えれば、18m20は決して悪い記録ではない。昨年も大会記録を目標にしていたが更新できなかった(17m81で優勝)。自身の成長を見る目安となるのが、全日本実業団陸上の大会記録なのだ。
種目の特性も考えてのことだろう。奥村自身が福井で自己記録を56cm更新したように、技術的な少しの違いで記録が50cmくらいは変わってくるのが砲丸投だ。それでも18m20は自己記録から89cm低い。大会記録は絶対に更新しないといけない“最低限”の目標なのだろう。
砲丸投、円盤投、ハンマー投の投てき3種目は、サークルの滑り方も記録に影響する。会場の維新百年記念公園は、昨年7月にセカンド記録の18m53を投げた競技場である(今年6月の日本選手権でもセカンド記録タイの18m53)。サークルとの相性は良いはずだ。日本記録まではともかく18m53のセカンド記録更新は、奥村は間違いなく狙っているだろう。
6回目の新記録が奥村の特徴
6回の試技を行うフィールド種目は、前半に良い記録を出すことが鉄則だ。4回目以降の試技が許される上位8人に入ることを確実にし、後半で思い切ったパフォーマンスをしてさらに上の記録を狙って行く。また前半に記録を出せば、ライバルたちにプレッシャーをかけることもできる。
だがその日の状態に合わせて修正していく能力が高い選手は、終盤の試技でその日の最高記録を出すことも多い。パリ五輪女子やり投金メダリストの北口榛花(26、JAL)がその典型で、パリ五輪の優勝記録こそ1回目の試技だったが、昨年のブダペスト世界陸上も、今年のダイヤモンドリーグ・ファイナルも6回目の試技で逆転優勝をした。
奥村も北口と同じで6回目に強い。福井でも5回目までは、3回目に投げた18m40が最高記録だったが、6回目に19m09をマークした。
「調子も良く18m台も安定して出ていた試合でしたが、(大きく記録が伸びる)一発が出せていませんでした。しかし福井は自分の地元ですし、観客が間近で応援してくれる普通とは違う大会でもあるので、気持ちも高ぶっていました。6投目は(動きや技術を)修正する意識よりも、投げるのはここしかない、と思っていました」
スポーツは心技体が合致したときに良い結果が出る。地元の試合であることがメンタル面でプラスに働いたのに加え、福井の奥村は技術的にも良い状態だった。
「感覚的に悪くなかったんですけど、投げの最後の局面で左に倒れる癖が出てきていました。岡田コーチ(母校の国士舘大・岡田雅次監督)から左腕を残すようにアドバイスを受けて、その1点だけ意識して、あとは思い切って投げようという気持ちで投げたことが日本記録につながったのだと思います」
北口が6投目に強いのは、5回目までの試技で6回目にやるべき技術を固めることができているからだ。それにプラスして最後に集中力が高まって、快記録を投げている。それと同じことが福井の奥村にも起きていた。
ライバルとの争いが好結果に
奥村は過去にも6回目にビッグショットを見せてきた。中学記録を出した中学3年時(15年)の国体も、自身初の18m台をマークした大学4年時(22年)の関東インカレも、セカンド記録の18m53を投げた昨年7月の田島記念も6回目の試技だった。
ライバルの存在も奥村のパフォーマンスに影響を与えてきた。大学4年時の関東インカレがそうだった。奥村の当時の自己記録は17m47で参加選手中一番。しかし福田翔大(日大4年、現住友電工)が6回目に17m41を投げ、17m27でトップに立っていた奥村を逆転した。
「6投目は気持ちだけで投げました」18m26と自己記録を79cmも更新して、福田を再逆転した。
昨年の田島記念も5回目まで、岩佐隆時(26、Team SSP)に6cmリードされていた。同じ福井県出身で2学年先輩のライバル選手だが、6投目に奥村は18m53の当時の自己新を投げて逆転優勝した。
今回の全日本実業団陸上では岩佐や、大会記録を持つ佐藤征平(32、新潟アルビレックスRC)、森下大地(30、KAGOTANI)、村上輝(28、日本体育施設)らが18m台の自己記録を持ち、奥村を楽には勝たせないだろう。
また、同学年の稻福颯(23、濃飛倉庫運輸)も奥村の刺激になる存在だ。高校時代の奥村は、3年時に地元の福井国体で実施されるのが砲丸投ではなく円盤投だったため、円盤投に軸足を置いていた。砲丸投でインターハイに優勝したのが稻福だった。
ライバルたちが好記録で奥村を追い込むような試合展開になれば、奥村の集中力が増すことが予想できる。全日本実業団陸上でも最後の6回目まで、奥村の投てきから目が離せない。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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