全日本実業団陸上が9月21~23日の3日間、山口市の維新百年記念公園陸上競技場で開催され、8月のパリ五輪代表選手も多数出場する。2日目の男子100mには5位に入賞した4×100mリレー3走の桐生祥秀(28、日本生命)がエントリー。3日目の200mには6位に入賞した4×400mリレー1走・中島佑気ジョセフ(22、富士通)、3走・佐藤風雅(28、ミズノ)、4走・佐藤拳太郎(29、富士通)が出場する。

桐生は100m代表の東田旺洋(28、関彰商事)や200m4大会連続代表の飯塚翔太(33、ミズノ)と激突。200mには東田と、200m代表の上山紘輝(25、住友電工)も出場し、異なる種目の代表たちが争う。

パリ五輪の桐生はリレー3走中2番目のタイム

桐生のパリ五輪は東京五輪に続きリレーだけの出場だったが、3走の役割をしっかり果たした。公式発表されている3走の区間タイムは9秒16で、イタリア選手の9秒12に次いで8チーム中2番目の好タイム。2走のサニブラウン・アブデル・ハキーム(25、東レ)でトップに立ったポジションを、しっかりキープして4走にバトンを渡した。

「(4走で5位に後退し)メダルを狙っていたので悔しいです」と話したが、「ハキーム君が個人種目で疲れているわけですから、ハキーム君に4走を任せて、3走まででリードを奪ってバトンを渡す。そういう形で記録を上げられたら」という分析もしていた。

4走の上山を責めるのでなく、今回のようにサニブラウンを2走に起用するならなおさら、3走までにリードを大きく奪う必要があるという意味だろう。

桐生個人では、銀メダルのリオ五輪以降定着している3走で、前述のように9秒16で走った。風向きやバトンパスの巧拙も影響するので単純な比較はできないが、リオ五輪よりも0.08秒速く、桐生としては19年ダイヤモンドリーグ・ロンドン大会と並んで過去最速タイのタイムで走った。

日本人初の9秒台(9秒98。現日本歴代3位タイ)を出したのが17年。その後10秒0台は何度も出しているが、2度目の9秒台は出していない。そこがパリ五輪の9秒96を筆頭に、9秒台を6回出しているサニブラウンとの違いだ。
パリ五輪3走の区間タイムが示しているように、桐生の力は衰えていない。

1月には60mで室内日本新

今季の桐生は室内シーズンが絶好調だった。1月30日にはオストラヴァ(チェコ)で6秒53の室内日本新(当時)をマークした。
だが4月のダイヤモンドリーグ2試合は、100mで10秒3台と振るわなかった。体調不良に見舞われる日が続いていたのだ。6月の日本選手権は10秒26で5位。3度目の五輪代表入りは果たしたが、東京五輪に続いて個人種目の代表は逃してしまった。

しかし日本選手権100mのレース後の振る舞いが、以前の桐生とは違っていた。8年前の16年大会は3位で100m代表入りを決めたが、ケンブリッジ飛鳥(31、ナイキ)と山縣亮太(32、セイコー)に敗れたことがショックだった。「こんな順位で代表を決めるはずじゃなかった」と涙を流した。

今年の日本選手権は現実を受け容れ、3位で100m代表を逃した栁田大輝(21、東洋
大3年)の背中をポンと叩いた。

リレー合宿や現地入りした後の練習でも、チームの中心的な存在だった。練習だけでなく食事など日常の行動も、若手を誘ってコミュニケーションをとる時間を作った。

若手選手にとっては先輩選手が話しやすいだけで、バトンパスで思い切ってスタートできる。練習でも足長(スタートする目印を置く距離)などで自分の考えを言い、意見を出し合って納得した練習することで、やはり思い切りの良いレースができる。

桐生自身もリーダーの役割を果たすことで、走りの状態も上げられた。その結果が3走の9秒16というタイムになったが、リレーだけでなく、個人でも「足が速くなりたい」とパリ五輪では繰り返した。
「今の日本チームはハキーム君に頼ってしまっている。彼にに置いて行かれないように、個人でもハキーム君と勝負ができるようにならないといけないと思います」

全日本実業団陸上では10秒00の、来年の東京世界陸上参加標準記録突破も視野に入れている。「今シーズン、100mのタイムが全然出ていません(10秒20がシーズンベスト)。東京五輪も悔しい思いをしました(4×100 mリレー決勝で1→2走のバトンが渡らず失格)。来年の東京世界陸上に向けてやはり、足が速くならないとダメだと思います」

具体的なタイムで言えば、自身2度目の9秒台、自己新記録となる9秒97以内ということになる。
全日本実業団陸上はライバルも存在する。

前回優勝の東田にとって昨年の全日本実業団陸上は、自信をつける試合になった。手術明けのシーズンで完全な状態ではなかったが、日本記録(9秒95)保持者の山縣に快勝した。

桐生と同学年で“雲の上”の存在だった。筑波大大学院時代の19年に日本インカレ100mに優勝しているが、故障が多く安定した戦績を続けることができなかった。昨年から走りの改良に成功し、故障が少なくなった。全日本実業団陸上はその成果でもあった。

飯塚の今年のシーズンベストは10秒28と良くないが、10秒08の自己記録を持つ。前半で離されなければ得意の終盤で優勝争いに加わるだろう。

今年の日本選手権4位で東京五輪補欠だったデーデー・ブルーノ(24、セイコー)、日本選手権6位の和田遼(24、ミキハウス)らもエントリーしている。優勝記録が10秒00の世界陸上東京大会参加標準記録を突破することを期待したい。

男子200mには4×400mリレー代表3人も出場

男子200mにはパリ五輪出場選手5人が出場する。この種目の日本選手権2位、パリ五輪でも準決勝に進んだ上山に加え、100mの東田、400m日本記録保持者の佐藤拳、佐藤拳とともにパリ五輪400m代表だった佐藤風と中島がエントリーした。

上山が本命であることは間違いないが、トップスピードでは100m代表の東田が上だろう。自己記録は上山の20秒26に対し東田は20秒60だが、その記録を出した21年から3年が経っている。100mのスピードが200mに生きれば、一気に記録を縮める可能性もある。

佐藤拳も前回大会の200m優勝と実績がある。400mの強化プロセスで、長年にわたって200mのタイムアップを図ってきた。佐藤風も佐藤拳に負けていない。400m前半の200mを21秒0台で通過するスピードは、日本人の400m歴代選手中でも最速と言われている。そして中島は後半型だが、前半のスピード強化の成果を確認するために出場する。

昨年の今大会では100mで東田が10秒16で優勝し、今年の同種目パリ五輪代表になった。200mは、400m日本記録保持者の佐藤拳が20秒70で優勝し、今年のパリ五輪も400mで代表に。昨年の400mは吉津拓歩(26、ジーケーライン)が46秒84で優勝し、パリ五輪4×400mリレー代表に成長した。

今年も全日本実業団陸上は、来年の世界陸上東京大会の代表を占う大会になるかもしれない。その意味でも注目される男子短距離だ。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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