ロシアの侵攻による戦禍が続くウクライナの若手柔道チームが、日本オリンピック委員会(JOC)の「ポストスポーツ・フォー・トゥモロー推進事業」で招かれ、来日。東京都内と奈良県天理市で19日間の日程を終え、1日に帰国した。選手、役員ら29人からは柔道の本家である日本で学ぶ喜びとともに、終わりの見えない戦争への怒りと怯えが伝わってきた。

10月30日の東京・講道館。13歳から20歳のカデ、ジュニア層が主の男女選手の前に現れたのは、東京五輪男子100㌔級金メダリストで、今夏のパリ五輪でも代表に選ばれたウルフ・アロン(パーク24)だった。

「きょうは僕の得意技である大内刈りと内股をお教えします」。ウルフの日本語を関係者が英語に直し、それを女子コーチのアレクサンダー・スタルコバさん(31)が現地の言葉に直して、2重通訳での指導が始まった。

最初は大内刈りだ。襟を持つ釣り手を相手の肩の後ろに落とし込むようにして崩す。袖を持つ引き手は脇を締め、同時に相手の足を刈る自分の足を相手の両足の真ん中辺りに進める。次に重心を乗せる軸足のすねを、最初に出した足のふくらはぎに着けるようにして低く体を安定させ、そこから円を描くように刈る。

「言葉の通じない外国人に教えるのは初めて」というウルフは、手振り、身振りを交えながら丁寧に説明した。その一挙手一投足を見逃さないようにと、選手、役員も目を皿のようにして見つめる。母国語での説明を聞き終わると、2人1組になり、実戦練習。それをウルフが見て回り、釣り手、引手、軸足などを修正した。

次は内股だ。ウルフのこの技は一度で投げるのではなく、最初は跳ね上げる相手の足を少し上げさせるような感じにする。この時に、相手の上体を前のめりに崩し、片足になった相手が手を畳に着きそうな態勢まで崩す。ここから再度跳ね上げて決める。二段攻撃だ。

二つの技とも初めての動きになるのか、バランスを崩したり、内股は一発目で投げてしまったりする選手も。ウルフは「みんなそれぞれ自分にあった技を作っていけばいい。僕の教えが絶対ではない。そこから参考に出来るものを参考にしてください」と話した。

約1時間半の技の講習を受けた選手を代表して、昨年の23歳以下欧州選手権女子70㌔級2位のアナ・オリーネクさん(17)が感想を述べた。

「私も得意技は内股。きょう習ったことをウクライナに帰ってからも繰り返し練習して、身に着けたい。日本に来て、柔道の総本山である講道館で練習ができた。講道館発祥の地である上野の永昌寺にも行った。天理大でも穴井隆将先生(元全日本王者、ロンドン五輪代表)や丸山城志郎先生(元世界王者)に教えて頂き、素晴らしい経験が出来た」

それでも、このコメントの前には「今、ウクライナではロシアの攻撃で通常の練習は出来ない。同じ柔道選手でも、戦場に行っている選手もいる。ここにいる選手の半数の父親や兄弟は戦場にいる。私たちが今回日本に来て柔道が出来ることに感謝したい」と神妙な表情で語った。

来日メンバー中22人は首都キーウ在住だが、被害の大きい地域出身者も。残りの7人は、大きな被害の出ているロシア国境近くのチェルニヒウから参加していたという。指導陣を代表したスタルコバさんのインタビューに移ると、さらに深刻な状況を教えてくれた。

「ほとんどのウクライナ人で戦争の被害を受けていない人はいない。私たちの練習中にもミサイル攻撃が来る。家族や親せきが戦場に駆り出されている。選手はみんな柔道が大好きで生きがい。それで救われている。柔道をしていなかったら、残った家族と平和な国へ逃げたい思いがある。でも、柔道の仲間がいるから母国に残っている」

「ミサイル攻撃が続いていて、ストレスによる心身症で話が出来なくなった選手も出てきた。国を出て平和なところに行くと、ちゃんと話が出来るような状態に戻るが、帰国したらまた同じ症状になってしまう。日本にいる2週間は、女子の選手らは笑顔いっぱいだった。だが、帰国が迫ってくると、だんだんとその笑顔が減ってきた」と、辛そうに話した。

元々格闘技が盛んなウクライナは、柔道でもモデルとの兼業で有名な女子57㌔級パリ五輪代表ダリア・ビロディドらを輩出している。JOCがスポーツ庁から受託しているこの事業で、母国で十分な練習の出来ないウクライナの柔道チームを支援するのは、昨年に続いて2回目。全日本柔道連盟でもアスリート委員会が実施したオークションの収益を提供している。

ウルフは「僕たちが今、柔道をやれているのは当たり前ではない、と思った。何か出来ることがあるなら、との思いがきょうの指導。僕にとっても貴重な体験が出来た」と言った。

ウクライナだけでなく、世界中で紛争は絶えない。様々なことを考えさせられる招聘事業だった。

(竹園隆浩/スポーツライター)

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