イチローさん(51、マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)による高校球児への指導が16日、17日の2日間に渡って行われた。この取り組みは2020年の智弁和歌山から始まり、21年は国学院久我山(東京)、千葉明徳、高松商(香川)、22年に新宿(東京)、富士(静岡)、23年の旭川東(北海道)、宮古(沖縄)、そして今月の9日、10日の大冠(大阪)に続き、通算10校目。イチローさんは今回、毎年東大合格者を輩出している有数の進学校である、岐阜県立岐阜高校を訪れた。
後輩を思うOBからイチローさんのもとに手紙が届いた。岐阜高校は今年で創立151周年を迎え、青山学院と並び“最古の野球部”として知られる。甲子園には、春3回、夏3回出場しているが、春は1978年、夏は1954年が最後。夏の甲子園出場からは70年もの間遠ざかっている。
そんな中、2023年選抜大会の21世紀枠推薦を受け、出場はならなかったものの、選手たちには「甲子園が夢ではない」という意識が芽生えはじめていると聞いた。生徒たちへは事前に今回の訪問を伝え、岐阜高校が目指す野球を見せてほしいと伝えた。野球に活かせる考え方を探すきっかけになれればと、イチローさんは今回の訪問を決めた。
16日のお昼過ぎ、グラウンドに姿を現したイチローさん。一列に並んで待ち受ける岐阜高ナインに「初めましてイチローです」と挨拶すると「ハハハハハ・・・賢そうな顔してるな、みんな」と笑顔を見せた。
「みんなは甲子園という目標を持ってやっていると思うんだけども、その先の人生がもっと大事だからね。みんな優秀だから、この地域だったり、もっと言うと国を引っ張っていけるかもしれない人材だと思うので、今日と明日2日間一緒に野球をやるんだけれど、そうじゃないことも学んでくれるとうれしいです」と語り、練習が始まった。
キャッチボールをしていた主将の荒井駿選手(2年)が、イチローさんに話しかけた。
荒井:イチローさん、質問いいですか?自分、中学で軟式やってて、高校で初めて硬式始めたんですけど、それ以来キャッチボールすると、毎回肩が痛くて。
イチロー:え、今も痛いの?
荒井:今も投げ始めが痛くて。
イチロー:そうなの。
荒井:調子悪い時はキャッチボール終わりまで痛いです。
イチロー:えーー!
荒井:あったまりが遅いんじゃないかと思ってて。その後の練習は普通にできるんですよ。
イチロー:どこが痛いの、部位としては?
荒井:ひじは大丈夫なんですけど、肩が。
イチロー:肩はイヤだね。でも(痛みは)消えていくんだもんね。
荒井:そうですね。
イチロー:いやー、それは僕は分からないけど、仕組みがどうなってるのかは。
荒井:イチローさんはどれくらいのパーセントでキャッチボールしてましたか?
イチロー:キャッチボールは最終的には8割9割っていう感じまでは持っていく。イメージとしてはずっと投げられるキャッチボールって感じ。そのためにはどういう体の使い方をしなきゃいけないか。股関節、肩甲骨、鎖骨すごく大事なんだけど。そういうとこ目指して。わりと早くできます、僕の肩は。あっという間に8割くらいまでは行くんだけど、見てて、やってみるから。
と言って、イチローさんがキャッチボールを始める。その様子を間近で見守る荒井選手。他の部員たちも近くで食い入るように見つめている。徐々に距離を伸ばしていくイチローさん。
イチロー:遠投は形崩してやらないで。形を保てる所で止めてほしい。それでできるようになったら伸ばしていく。そういうイメージで。体勢を崩して距離出しても全く意味がないんで。しっかり形をキープできる距離を自分で覚えておいて。
部員:はい!
イチロー:僕の見ててどう?(肩)できるの早いでしょ?
荒井:はい。めちゃめちゃ早いって感じました。
イチロー:キャッチボールは基本中の基本でしょ。それが上手くできなかったら野球は上手くならない。まず形をしっかり作ってほしいんだよね。正しい形でキャッチボールをして、体を作る。特に冬になると、何でアップしてストレッチしてるのに体が温まらない、体動かないんだろうっていう経験ない?あるよね?でもキャッチボールやると、一瞬で力を発揮しようとするでしょ。そうすると血流が良くなるので、中から温まるっていうのはある。バッティングもそうで、インパクトの瞬間にグってエネルギーを発揮するので血流が良くなる、で、それで体が起きてくるってことはあるから、そういうテクニックもあるから。そこからストレッチに入っていく、アップに入っていくっていうやり方もあるから。僕結構それ使う。距離感は近くていいから、リリースの瞬間だけ意識して、そうすると体が起きてくる、そこから全体を始めるっていうのも僕は結構好きです。
■イチローモデルのグローブを使っている選手に「しっかりやってるね」
イチローさんが、一人の選手に話しかけた。
イチロー:大田選手、いいグローブ持ってるね。
大田:はい。
2年生の大田吏将選手。去年の冬からイチローモデルのグローブを使い練習に打ち込んできた。SNSでグローブの存在を知り、店舗を探し回って手に入れたという。左打者でレフトを守る大田選手にとって、イチローさんは憧れの存在。「たくさん聞けることを聞いて、自分の実力アップに繋げたい」と事前のインタビューで話していた。
イチロー:(グローブ)見せて。
大田:はい(と言って手渡す)。
イチロー:ハハハハハ・・・(グローブを見て触って)あー、でも磨いてるね。しっかりやってるね。
大田:はい。
イチロー:取材来てから(手入れ)始めたんじゃないよね?
大田:いや、1年前に買ってそこからずっと。
イチロー:大丈夫?
大田:はい!
イチロー:ああ、しっかりやってるから、えらい、えらい。
その後、外野のノック練習に参加したイチローさん。ゴロ捕球の仕方、ボールを捕ってからのスローイング、守備の体勢に至るまで、お手本を示しながら、懇切丁寧に説明していく。「(動きを)体にしみつかせる。野球の練習時だけじゃなくて、生活の中でも練習できるんで。そういうことを頭に入れといてください」イチロー先生の外野守備講義は、たっぷり30分に及んだ。
■女子マネージャーに「おじさんのこと、怖い?」
ベンチに戻ると、女子マネージャー陣を見つけて駆け寄っていく。
イチロー:マネージャーから見て今のチームどう?
マネージャー:・・・・(無言)。
イチロー:3年生は最後の夏は、どこまでいったの?
マネージャー:ベスト8です。
イチロー:そう、3年生はその壁があるって言うのね。そういう感じ?今の1、2年生はどう?3年生は自分たちよりもいいって言ってた?どうですか?
マネージャー:・・・・(無言)。
イチロー:え、おじさんのこと怖い?
マネージャー:爆笑(笑顔で首を振る)
イチロー:威圧感ある?
マネージャー:全然(笑)
イチロー:全然もおかしいだろ!ちょっとぐらいないとダメだろ!でも緊張するって言われる。緊張感あります?
マネージャー:ちょっと(笑)
イチロー:マネージャーの視点って面白い。プレーするわけじゃないから。見方が違うんだよね。変化に気づきやすいっていうのがマネージャーの存在のすごく大きな所だと、僕はいろんな所行って思うんだけど、彼らの今後の変化、あるかないか分からないけど、見ておいてくださいね。今日の練習ちゃんと見てる?
マネージャー:(うなずく)
イチロー:変化に気づくためには観察してないと、それ分からないから。手を抜かずにちゃんと見ていてくださいね。それは大きな仕事なので、よろしくお願いしますね。
■イチ流バッティング指導「とにかく僕は足、下半身だね」
そして、イチローさんのバッティング練習が始まった。まずはトスバッティング。真剣な表情で、イチローさんの一挙手一投足を食い入るように見つめている部員たち。
イチロー:とにかく僕は足、下半身だね。足で力を伝える。あくまでも足のタイミングで上半身がついてくる。手を先に出すことは僕はしない。準備段階でそれを知ることが大事。練習のバロメーターとしてそれを持っておくこと。形は絶対に崩さない。じゃないと自分の動きが理解できないから自分自身で。だから足が疲れます。手は全然疲れない。全部同じです。投げるのもそう。
額に汗を浮かべ、バットを振り続けるイチローさん。「これは試合前の準備段階です。試合前に形を作って次の段階に進む。しんどいよ、息が切れる」
続いてフリーバッティング。「軸足の意識は?」「低めの球は打てるんですが、高めが苦手で」といった質問に対し、バットを手にしてスローモーションでバットを振り、軌道や力の入れ具合などを説明していく。
65スイングでホームラン性の当たりを10本飛ばしたイチローさん。51歳にして鋭い打球を連発するレジェンドに、間近で見ていた部員たちからは「ウォー」と歓声が上がる。最後もホームラン性の当たりで締めたイチローさんに、自然と拍手が起こった。「最後バテても足が使えれば、あの打球が出る。あれも手でやってたら永遠に出ない。今日はここまでです。明日また」と、最後も下半身の大切さを説いて1日目を終えた。
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