イチローさん(51、マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)が18日、母校である愛工大名電高校を訪れた。「想像以上にレベルが低い」母校へ厳しい印象を語ったイチローさん。データ野球が主流となってきている現代野球だが「野球ってそれだけじゃない。気持ちがどう動くかとかさ、感性」と基礎の部分をイチローさんならではの言葉で伝えていった。

「データでがんじがらめにされて、感性が消えていくのが現代の野球」

愛工大名電は、愛知県名古屋市にある高校野球の名門校。甲子園出場は春夏を通じて25回、2005年の選抜大会では創部50年にして悲願の優勝を果たした。
愛知県出身のイチローさんは、1年生からレギュラーとなり2年生の時、レフトで夏の甲子園に出場、3年生では春のセンバツに投手で臨んだ。そして1991年のドラフト4位でオリックスに入団、プロとしての一歩を踏み出した。

18日、午後1時20分、イチローさんが母校のグラウンドに姿を現した。待っている部員たちの間から拍手が起こる。

イチローさん:いや、拍手いらないから。後輩、拍手いらないよ。はい、こんにちは!

部員たち:こんにちは!

イチロー:はじめましてだよね、みんな。イチローです。

これまで夏の愛知県大会を3連覇していた愛工大名電。しかし今夏の愛知県大会は5回戦で名古屋たちばなに2―0で敗退、8強入りを逃した。母校の後輩たちに、早速イチローさんからの先制パンチがはいる。

イチロー:秋の成績は?

部員:ベスト16でした。

イチロー:そんなの1回戦負けと一緒でしょ、愛工大名電にとっては。どうなの、今の状態は?今ね、寮から始まって雨天練習場を見学させてもらいました。いろんなデータを参考にしながらみんな頑張ってる。監督から聞きました。それでこの成績はないでしょ。この施設持ってる学校ないでしょ、他に。自分たちの今の現状をキャプテンどう思う?

清水隆太キャプテン(2年):いい環境の中で、もっともっと成績を出さないとダメだなと思います。

イチロー:みんなが目標としてるのは、もちろん甲子園、当然そうだろうけど、その先は?卒業したら?大学、社会人、プロ。名電に入ってるってことはそこをみんな目指してるんだよね。最終的にはプロで活躍したいっていうのは多いの?監督の話を聞いてたら、僕がみんなに教えることは多分ないです。でも気になったのは、いろんなことがデータで見えちゃってるでしょ、でも見えてない所をみんな大事にしてるんだろうかって。それは今、施設を見て、一つ気になったことです。野球ってそれだけじゃない。気持ちがどう動くかとかさ、感性。NPBよりMLBの野球に携わってる方が多いんだけど、マリナーズの選手もそういうとこあります。

イチロー:データでがんじがらめにされて、感性が消えていくのが現代の野球。自分で考えて動く。以前は頭の良くない選手は野球に向いてないって言われた競技なんだけど、今はそうじゃなくなってきてしまっている。残念ではあるんだけど、実際にはそうなってきてしまってるんで。まあ現状しょうがないんだけど、みんなが来る前に(施設を)見せてもらったんだけど、その時間だけでも伝わってきました。僕が何か伝えられるとしたらそれ以外のことなので、一緒に動くんで、もし何かあったら、時間止めてもいいので、聞いてください。じゃあ、始めようか、アップから。よろしくお願いします。

清水キャプテン:気をつけ!お願いします

部員全員:お願いします!

イチロー:おお、揃ってるじゃない。上下関係みんなどう?先輩後輩は割と最近ゆるいようなことを聞くんだけど。名電高野球部の伝統は何ですか?

部員たち:(もじもじする)

イチロー:え、出てこないの。え、キャプテン、ないの?野球部のモットーみたいなことは?

清水キャプテン:全国制覇です。

イチロー:そりゃそうだろうけど。いや、そういうことじゃないんだよ。それは当然ですから。野球選手が「今年の目標は優勝です」は当然でしょ、そんなこと。愛工大名電ですからね。それがないのが気持ち悪かったの、ずっと。みんなのこと気にしてたからね。いつも見てたよ、甲子園もちろん見るし、夏は予選からももちろん見てるし。秋のサードランナーの動きとか。聞いてますよ、中部大春日丘との試合(9/14、延長10回裏、サヨナラ負け2-3x)。そういうことはデータには出ないからね。監督大丈夫ですか。愛工大名電のモットーが出てこないですよ。

倉野光生監督:ダメね、それじゃね。普段言い続けとるんだけど、本人たちも唱え続けとるんだけどね。

イチロー:あり過ぎて訳分からないの?いっぱい書いてあるもんね、いろんなことが。まあ、いいや、やってみよう。

最初は厳しい言葉をかけたイチローさん。だが、母校を愛する気持ちは誰よりも強い。最後は後輩たちへの熱いメッセージで、練習は始まった。

“イチ流”の走塁指導「走塁ミスは致命的になるからね。流れも変わる」

ウォーミングアップが始まり、選手たちは声を合わせてランニング。イチローさんは一人離れてストレッチから行い、選手たちのアップの様子を見つつ、一塁から三塁にかけてライン沿いを走るアップを行った。

イチロー:OK。僕今ここ走ってたでしょ。今、僕の動き見えた?どう思った?

部員:一歩目が大きな動作だった?

イチロー:それはいいポイントです。一歩のストライドが大きいのは僕の走りの特徴で。それは何でだと思う?

部員:分からないです。

イチロー:おお、素直でかわいいな。足を使ってるんじゃないんだよな。みんな足の回転でっていうイメージあるよね、当然走るわけだから。僕の走りはそういうイメージがない。ひざを高く上げるとか、もも上げの状態とかよくあるよね。みんなもやるよね。僕はそれをしないです、そもそも。股関節の意識。みんな上手いっていうかレベル高いから、それあるんじゃないかな。股関節を使っていろんな動きを組み立てる。そういう意識、みんなある?

部員たち:(うなずく)

イチロー:じゃあ実際、股関節を動かすことができる?股関節を割ることできる?意識はあるけど実際に動きとしてはなかなか難しい?知識としてはあるけど。

部員たち:(うなずく)

イチロー:それを僕、やってます。一歩が大きいというのは、足をただ踏み出すだけではなくて、股関節から(足を)引っ張ってきてる。引っ張って来て最後、ひざから下を振り上げる。

イチローさんは、実際に足を動かしながら、視覚で部員たちが分かるように説明する。

イチロー:この繰り返し。さらに上半身は力を抜いて肩甲骨で(腕を)振る。後ろへ振る。そうすると前に来る。こういう感じで振ってると、柔らかい動きになる。全体がリラックスしてるわけじゃなくて、上半身(がリラックスしてる)。走る時も投げる時も打つ時も、何する時もそう。上半身はリラックスして、下半身はしっかり地面を掴む。今の走りはそれをミックスしたやつ。だから一歩が大きく見える。跳んでるわけじゃない。跳んでしまうと目線がブレるから。そういう走りは好ましくない、目は動きたくない。そんなことを意識して。後ろで手を振るのは、難しいと思う。股関節を引っ張るとかイメージはできると思うので。一度、全力でなくていいので、イメージして走ってみて。もう一本、軽く走ってみるので、今言ったことを頭に入れて見ておいて、動きを。

部員たち:よし!

イチロー:あ、今「よし」って言うんだ。これ、伝統だね、一個見つかったね。「よし」っていつからですか。今の監督になってからですか?

倉野監督:そうですね。

“イチ流”の走塁授業は、まだまだ続く。今度は一塁ベース付近に選手たちが集まった。

イチロー:じゃあ、第1リードから第2リードまで一回見せて。

部員:はい。

選手が出てきて、イチローさんを前にリードする。第1リードは足をクロスしながら、第2リードはシャフルと呼ばれる跳ねながらの横移動を見せた。

イチロー:みんな、この形?チームで決まってるの?

部員たち:(うなずく)

イチロー:第1リードをこうやって(足をクロスさせてすり足のように)とる理由は?

部員:ベルトをベースに向けるイメージで。ピッチャーが投げた時に戻りやすいようにする。

実際に選手がやった動きをなぞるようなリードをした後、イチローさんは「アウトォ!!」と絶叫。

イチロー:アウト!何してんの。もうバラバラやね。大丈夫?キャプテン。僕は必ず(ベルトは)ピッチャーに向けたまま、第1リードは、足をクロスには絶対にしない。打球判断のことを考えれば、必ず止まること。これが野球の中で最も難しいと言われる打球判断が簡単になる方法。28年プロでやったけど、色々迷ってこれに行きついた。高校時代に知ってたら良かったのになって思う。すごく早く知りたかったことだけど、誰もやってなかったし、だから今みんなに伝えてるんだけど。一度試してみて。打球判断で迷うこと多いんで。

イチロー氏「想像以上にレベルが低い」

イチロー:みんな迷った時、どうやって判断してる?外野フライが上がりました。一塁にランナーがいて、左中間にフライが飛びました。どういう状態で判断してる?中間くらいまでいくよね。で、捕るのか捕らないのか、どう判断する。(跳ねながら打球を確認する動作を見せる)こういう感じじゃない?左右にバランスを取ってる感じ。野球やってると直感でおそらく捕るだろう、おそらく抜けるだろうって考えちゃうよね。(おでこを指差し)まずここに一つの答え、出ちゃってるよね、自分の中の。でも念のためにこうしてる。それ、判断違った時どう?反対に動くでしょ。捕るはずだったのが抜けた場合。戻りかけるよね。で、抜けてスタートでしょ。その反対も。抜けると思ったものが、捕ったら戻るよね、遅くなるよね。この動きが実は判断を迷わす動きなのね。打球判断する上で、僕が取ってる形。

といい、動いてみせるイチローさん。「下に」と言って、股関節を割り、腰を落とし、両足で土を掴むようなイメージで、どっしりと構える。

イチロー:これなら動いていなくて、見て判断を確実にできるし、一番早い。動けば動くほど、そこにスキが生まれるの。めっちゃ格下相手だったら、挑発に乗ってミスしたり、あるでしょう。でも、そうじゃない相手、レベルが高い相手だったらスキ見せちゃダメよ。挑発するのはいいけど。ある程度距離取って、じっとしててよ。動いたら全て、そこにスキが生まれるので。そういう野球をしてください。それ、データに出ないでしょ。お願いしますよ。走塁ミスは致命的になるからね。流れも変わるし。打てない、エラーするのは、高校野球だったらしょうがないよ。だけど走塁ミスは、防げる。判断する時は、基本止まって。このデータはある?愛工大名電のデータ上に出てる?

部員:出てないです。

イチロー:出てないでしょう。これだけの施設があるのに、判断難しいでしょ。こうしてください。迷ったら下です。上じゃない、リラックスじゃない。上半身はリラックス。下半身はしっかり掴んで、できれば股関節を割って。そうすると一歩目が大きくなる。割れないと、一歩目が全然違う、この幅が。力の出し方が全然違う。股関節すごい大事です。ランニングもそう。(僕の)一歩が大きい理由は股関節。それ、モノにしてください。

リードの仕方、打球判断、いずれも大事なのは下半身、そして股関節。身振り手振りで実際にお手本を見せながら、細やかな指導を続けるイチローさん。さらに走塁でデータには表せない指導を行った。

イチロー:(ランナー三塁で)内野手、前進守備でゴロ。セーフのタイミング、それで1点は取りたい。(チームの)ルールとしては、ライナーはどうしてる?ライナーバックですか?監督。(監督うなずく)アウト〜!!そんなこと同時にできないから。ダメですそんなの。そんなこと両立させようとしてんの、マジで。3年生はどう?ライナーの場合、どうしてる?

部員:ライナーの場合は一応、戻る。

イチロー:アウト~~!!無理。両立しないから。それはもうしょうがないよ。ライナーも、もう行かなきゃ。じゃないとそんないいスタートを切れないよ。前進守備なんだから。これ、データ出てるんじゃないの。

部員:ないです。

イチロー:何もないよねデータ。監督、大丈夫ですか名電。

倉野監督:守り、走塁データ、ゼロなんで(笑)

イチロー:監督!笑い事じゃないです。走塁めちゃくちゃ大事なのよ。内野手の強いライナーは、帰塁だったらちゃんと走れないでしょ。それはしょうがないよ、だからギャンブルなの。何もギャンブルしてないじゃない、ライナーで戻れる、ゴロは(ホームに)かえる。走塁は結構時間かかるんで、今日はここまでにします。

倉野監督:(イチローさんには)何回もきてもらわにゃあかんね。

イチロー:大丈夫ですか、監督。

倉野監督:もうコーチで専属でずっと来てもらわないと。

イチロー:これはビビるくらいのレベルの低さですよ、大丈夫ですか。走塁にあまり重きを置いてないですね。そうなりますね。

倉野監督:細かなこと、そこまではね・・・

イチロー:そうですか。

練習の合間にイチローは改めて母校の深刻な状況を口にした。

イチロー:いやー、想像以上にレベルが低い。少なくとも走塁に関しては何にもないもんね。だって何も答えられないもん。意思表示みたいなのもないし。初日は緊張感で、しかも今回サプライズだから、それはあるかもだけどね。

その後のキャッチボールでは、どんどんと距離を伸ばしていくイチローに選手たちは釘付け「軽く投げているように見えるけど、走塁と一緒で、股関節と肩甲骨、それだけなんだけど、手で投げていくとまっすぐ行く球にならない股関節で溜める、肘はターゲット方向、投げ終わりの姿勢も大事」とアドバイス。最後の打撃練習は、風が吹きボールの飛距離が出にくい状況の中「1本出るまでやめない」という信念の元、最後にホームランを放ったイチローさん。大きな拍手に包まれ、指導を終えた。

イチローさんから贈る言葉「名電のプライドをもって」

約3時間行った練習ではデータに表せない“感性”の指導。練習後にイチローさんから熱い言葉が後輩たちに贈られた。

イチロー:今日は聞いたことない話ばっかりでしょ?データにないことばっかりだったでしょ?感性を大事にしてね。みんな能力高いんだから、あまり縛られないで。試合で強いチーム、いい投手がきたら甘い球こないよ。でもヒットにしないといけない。ヒットにできる技術の方が優先されるべきです。甘い球を強く打ち返すことばっかりやってたらゲームでは使えないからね、上にはいけないからね。なんとかバットに当てて、3塁ランナー返すとか、そういうことが必要になってくるからね。データを活用するのはいいんだけれど、そうじゃないところにも大事なところはある。

“イチ流”のアドバイスに真剣なまなざしで聞き入る球児たち。最後に自身の母校でもあり高校野球の名門校・愛工大名電の後輩に「名電のプライドをもって、しっかり胸に秘めてプレーしてください」とエールを送り、電撃訪問を終えた。

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