一昔前に街中でよく見かけたソフトバンクグループ(G)の人型ロボット「Pepper(ペッパー)」。誕生から今年で10年になり、以前よりは街中で見かけなくなったが、実は介護施設で「第二の人生」を歩んでいる。2月から介護施設向けのペッパーに生成AI(人工知能)「Chat(チャット)GPT」が新たに搭載され、施設利用者の良き話し相手になっている。
「ペッパーくんはまるで孫のようです。いつでも自分の好きなことを話しかけると、応えてくれます」
高齢者施設と障害者施設を運営する社会福祉法人緑陽会(群馬県富岡市)の施設利用者は、ChatGPTと連携する介護施設向けペッパーとの会話を楽しんでいるという。例えば、群馬県名産の「こしね汁」についてのローカルな話題を取り上げて応えてくれると好評だ。同施設では介護施設向けペッパーのChatGPTと連携した商用展開に先駆けて、実地テストを進めていた。
本部事務局の渡辺高広氏は「ChatGPTが搭載されたことで、ペッパーとの会話のラリーが続くようになった。施設利用者がペッパーと話している間、カルテや介護日誌を書く時間を確保できるように改善された」と話す。職員側のメリットもあることが分かる。
介護施設向けのペッパーは2020年から商用展開をスタートした。ゲームや歌、体操などのレクリエーションに加えて、言語訓練や上肢訓練のリハビリのサポート機能を備えている。緑陽会ではこうしたアプリケーションへの期待とロボットの珍しさから利用者が活気づけばという思いでペッパーを導入した。同施設では毎日午後にレクリエーションをしており、現在はそのうち週2回ほどをペッパーが担当しているという。
ペッパーを販売するソフトバンクロボティクス(東京・港)Humanoid事業部介護チャネル責任者の鈴木俊一氏は「介護施設では脳の活性化を目的に1時間程度、利用者が職員とともにゲームや歌、体操をしている。施設職員が毎日ネタを考えて実演する必要があるが、ペッパーがいれば映像なども流しながら実演して自動進行できるメリットがある」と話す。
ハードウエアとしてのペッパーは現在、生産を停止している。ソフトウエアをバージョンアップしたりレンタル先のニーズによってカスタマイズしたりすることでペッパーの事業を継続している。
鈴木氏は「人手不足解消のための業務負荷軽減の需要がある。完全に人を代替できるわけではないが、今までの負担が1だとすると0.7くらいに職員の業務負荷を削減できるので喜ばれる。ペッパーはコミュニケーションロボット。コミュニケーションを通じて施設職員の業務負荷軽減に役立つ点がポイントになる」と話す。
人手不足の介護業界の救世主になるか
昨今、介護業界の人手不足は深刻だ。介護分野の職員数は00年から20年で約3.9倍に増加した。しかし、有効求人倍率は05年の約1.4倍から21年は約3.6倍に上昇している。一方で、00年から20年で要介護と要支援の認定者数は約3倍に増えている。需給のアンマッチが広がっている。
この傾向はさらに加速しそうだ。約800万人の団塊世代が75歳以上の後期高齢者となる25年以降、人口の約18%が後期高齢者となる見込みだからだ。
こうした人手不足による現場の負担を軽減するアプローチの一つとして、ロボットが注目されている。ペッパーのようなコミュニケーションに役立つロボットの他にも、移乗介助や移動支援、排せつ支援、入浴支援、介護業務支援をする介護ロボットが続々と登場している。
ただし現状では、ロボットの導入に必要な高額な費用がネックとなり、十分に普及していない。例えば、一般的な入浴支援ロボットの導入金額は約35万円などと高額だ。政府は、こうした課題から一定額以上の介護ロボットに関して介護保険施設や事業所への導入にかかる金額の助成金を出している。
介護施設向けペッパーも、価格面の負担を軽くすることを意識したという。鈴木氏は「一般接客向けと比べて介護施設向けペッパーは、機能を絞って提供することで金額を安くしている」と話す。今回新しく追加するChatGPT機能は、既存の介護施設向けペッパーにChatGPT機能を備えた会話アプリケーションを無料配信する。会話数の上限ごとに、別途月額プランを用意する形だ。現在、毎月4000回分の会話のラリーまで無料利用できる。
ソニーグループも介護ロボットの開発に乗り出している。「HANAMOFLOR(ハナモフロル)」という親しみやすいフォルムを持った、子ども型見守り介護ロボットだ。会話を楽しんだり、レクリエーションをしたりすることができる。ゆっくりとした動きや話し方をするのが特徴で、利用者に安心感を与えてくれる。
調査会社のアスタミューゼ(東京・千代田)によると、介護・生活支援ロボットの世界市場規模は、23年の推定126億米ドル(約1兆8900億円)から30年には749億米ドル(約11兆2400億円)に成長する見込み。ロボットの活用により、介護の質の維持・向上と、現場の負担を軽減することが期待される。
(日経ビジネス 原田寧々)
[日経ビジネス電子版 2024年2月21日の記事を再構成]
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