あのゲームの職業が…「ドル」から「円」に
「資本主義の父」にあやかって
「これからも野口英世をよろしく」
熱狂の裏側で…
新たな紙幣の発行は7月3日。新紙幣にちなんだ売り方や商品の開発を進めようーそんな狙いから登場したのが、3種類の新紙幣の金額に合わせた弁当や総菜。税込みで1万円、5千円、それに千円均一で、販売を26日から始めた。
1000円例:ハンバーグなどが入った弁当5000円例:希少な部位を使ったローストビーフの盛り合わせ10000円例:天然本まぐろの赤身や大トロをふんだんに使ったすしのセット
3つの価格帯で計29種類の商品が用意された。大丸東京店の中西正明さんは「1万円などぴったりの価格にすることでスムーズに買える面もあり、新しい紙幣での買い物を楽しんでもらいたい」と話していた。
ゲームの世界まで、新紙幣の影響が。大手おもちゃメーカーのタカラトミーは、ルーレットを回し、マス目の指示に従いながら億万長者を目指す主力のボードゲームで、新紙幣の要素を取り入れた新商品を開発し、ことし10月に発売する。
今回、このゲームでは、プレーヤーが就く職業に「実業家」、「塾長」、それに「医学博士」などが採用された。そう、新紙幣で肖像がデザインされた3人をイメージしたものだ。
新紙幣の「顔」渋沢栄一(1万円札)…明治から昭和初期にかけて活躍した実業家。津田梅子(5千円札)…いまの津田塾大学を創立したことで知られる明治から昭和初期にかけての教育家。北里柴三郎(千円札)…明治から大正にかけて伝染病の予防などに多大な功績を上げた世界的な細菌学者。
また、ゲームで使う紙幣の単位には、定番の「ドル」ではなく「円」が使われ、新紙幣が1万円から千円までの3種類なのに対し、このゲームでは、1000万円から10万円までの6種類となっている。
開発担当の高久晴子さんは「電子マネーが主流になってきている中、新紙幣の発行に合わせて、より身近な『円』でお金のやり取りを体感してほしい」と話していた。
歓迎ムードは企業だけにとどまらない。福島県白河市の南湖公園にある「南湖神社」。ここは、かの渋沢栄一が創建費用の一部を寄付した神社だ。
かつて旧白河藩主だった松平定信は、災害や飢きんのときに領民の暮らしを支えるためのお金を積み立てていた。渋沢栄一はその松平定信を敬愛していたとされ、大正時代に定信をまつる南湖神社が創建される際、建設費用の一部を出したのだという。その渋沢が新1万円札の顔になる。神社では、来週の新紙幣発行にあわせて、あるものの準備を進めていた。
新たに作られたのは、渋沢にちなんだ御朱印とお守り。このうち御朱印は、渋沢が神社を訪れたときの写真を印刷したものと、南湖公園に咲く花と渋沢の顔の切り絵をセットにしたものの2種類がある。また、お守りは「資本主義の父」と呼ばれた渋沢にあやかり、渋沢家の家紋が描かれ、金運アップの御利益が期待できるとするものだ。これらは、新紙幣が発行される7月3日から頒布する予定だという。
南湖神社の宮司、中目公英さんは「渋沢栄一が白河に関わっていたことを知っていただくとともに、神社や白河を盛り上げるための新しい起爆剤になればと思います」と話していた。
これまでの「顔」をねぎらう動きもある。千円札の顔を20年間つとめた細菌学者・野口英世。そのふるさと、福島県猪苗代町にあるホテルでは、感謝の気持ちを込めたキャンペーンが行われていた。
つながりは、大正4年(1915)のことだった。アメリカやヨーロッパで研究に打ち込んでいた野口英世は、15年ぶりに帰国し、故郷に戻った。その際の歓迎会の会場となったのが、ここ「レイクサイドホテルみなとや」だ。英世の生家から車で5分ほどの距離にある場所だった。英世が千円札の顔となったことは、町を全国に知ってもらうきっかけとなった。ホテルでは、感謝を込めて、来月8日まで割引プランを用意することにした。
その額は、素泊まりの最も安い宿泊プランだと、1人当たりで「1000円」だということだ。なるほど、数字にも感謝の気持ちが見て取れる。ただ、果たしてそれで採算はとれるのだろうか。
ホテルを運営する会社の渡部英一社長に聞くと、こう答えた。
「赤字ですが、ご苦労さまという感謝と、これからも野口英世をよろしくという願いを込めたキャンペーンです。これを機会に猪苗代や会津近辺をご覧いただきたい」
さらに、ホテル内にあるパン屋では、野口英世のひげをモチーフにした新しいパンを試作中で、来月からの販売を予定しているという。
ただ、喜ばしいことばかりではない現実もあった。新紙幣への対応で負担がのしかかっているという声も聞こえてくる。苦慮している業界の1つがバス業界。新紙幣に対応するには、運賃箱や両替機を入れ替える必要がある。だが、業界団体によると、更新には1台100万円から200万円ほどかかるという。
松山市を中心にバスを運行する「伊予鉄バス」では、路線バスや市街地と空港を結ぶバスなど、およそ200台のバスを所有している。そのため、すべてを入れ替えると約2億円のコストがかかることになる。燃料高や人手不足などを背景に、経営が厳しい中で負担が大きい。そのため、7月3日の新紙幣発行のタイミングでは、ほとんどの車両で運賃箱を入れ替えることはせず、今後、徐々に更新していくという。また、運転手の負担もある。現金についても車両に設置された機械で両替できない高額紙幣への対応。それに日々の集金も負担になる。乗客の乗り降りをスムーズにするためも、このバス会社では、キャッシュレス化を優先させて進めていくという。
日本バス協会の会長も務める「伊予鉄バス」の清水一郎社長は、取材に対して負担の大きい実情を語った。
「燃料高や人手不足など業界が厳しい状況にある中、運賃箱を入れ替えると1台200万円ほどかかることもあり、コスト面で大きな負担だ。支払われた現金を集めるのも運転手の業務だが、バスを降りる時に1万円札しかないと降りる人の行列になり運転に集中している運転手にとってストレスで人手不足の中で負担となっている」
その上で「バス業界としては新紙幣発行をきっかけに、完全なキャッシュレス化を目指していきたい。毎日皆さんに利用してもらう公共交通なので現金ではなくキャッシュレスにした方が便利で快適に使いやすくなると思う」と述べた。
注文や支払いに券売機を使っている飲食店からも苦悩の声が。福島県二本松市にあるラーメン店は、店内に券売機1台を設置していたが、新たな紙幣に対応するため新しい券売機を200万円かけて購入した。経営にとって大きな負担だが、新紙幣に対応せざるをえず、苦渋の決断だったという。ラーメン店を経営する平山竜司さんは「人手不足で食券機がないと対応できないので、間に合って良かった」と話していた。地元の他の飲食店では、新しい券売機を発注したものの納入までに少なくとも半年ほどかかるケースもあるということだ。
喜びと苦悩が入り交じる、7月3日の新紙幣発行が間近に迫っている。紙幣には、表も裏もあることを忘れずに、新たな「顔」を迎えていきたい。
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