高速道路のパーキングエリアに停車中のトラック。タイヤが脱落する事故が右肩上がりで増えている
大型車のタイヤの脱落事故が右肩上がりに増えている。要因はいくつも指摘されているが、事故ゼロへの道筋は見えない。映画やドラマにもなった小説「空飛ぶタイヤ」で描かれたような悲劇を防ごうと、企業も動き出した。大型車を運行する輸送会社だけでなく、荷主にとってもレピュテーション(評判)リスクの観点から見逃せない課題といえる。

走行中の大型トレーラーのタイヤが突如外れ、ベビーカーを押して歩いていた母子3人を襲う――。直径1メートル、重さ140キロのタイヤが直撃した母親は亡くなり、子ども2人も負傷した。2002年、横浜市で起きた悲惨な事故だ。

後に小説「空飛ぶタイヤ」の題材となったこの事故などが契機となって三菱自動車の商用車部門(事故後の03年1月に三菱ふそうトラック・バスとして分社)の欠陥隠しが発覚。逮捕された事故当時の経営幹部らは有罪判決を受けた。

にもかかわらず、11年を底に大型車のタイヤ脱落事故が右肩上がりに増加している。国土交通省が23年9月にまとめた資料「大型車の車輪脱落事故発生状況と傾向分析について」によると、11年度は11件だった事故件数が22年度には140件と、10年ほどで約13倍にまで膨らんだ。うち人身事故も1件あった。

取り付け方式変更原因説も

減っていたタイヤの脱落事故がなぜ増加に転じてしまったのか。

北海道科学大学工学部の北川浩史准教授は、「10年のホイールの取り付け方式の変更が大きな要因」と指摘する。それまで採用されていた日本工業規格(JIS、現日本産業規格)では、車両右側のホイールのボルト・ナットは右締め(時計回りに締め付ける)、左側は左締め(反時計回りに締め付ける)と規定されていた。

これだと車両が前に進む際のタイヤの回転方向(右側は時計回り、左側は反時計回り)とボルト・ナットの締め付け方向が一致しており、走行に合わせてボルト・ナットが締め付けられるとの指摘がある。一方、10年に導入された国際標準化機構(ISO)方式では、左右を問わずすべて右締め。北川氏はこれによって車両左側のホイールに緩みが生じやすくなったと見る。

国交省の担当者も因果関係がある可能性を認める。「脱落事故の要因は様々あり断定はできないが、増加に転じたタイミングは方式変更のタイミングだ。規定のトルクで締めないなど脱着時の不適切な作業も原因と見られるので、正しい締め方や点検方法をドライバーや事業者に周知していく必要がある」

指摘されている要因はそれだけではない。そもそも日本の道路が左側通行であることも事故増加の一因となっている可能性がある。積み荷があることで車両の重心が後方にある大型車では、右折時に遠心力によって左後輪に大きな負荷がかかりやすい。

実際、22年度に起きたタイヤ脱落事故のうち132件(全体の94%)が左後輪だった。車両右側の運転席にいるドライバーと左後輪の距離が離れているため、異音や振動といった異常に気付きにくいという要因を指摘する向きもある。ただ、これでは11年度以降に増加に転じたことの説明としては弱い。

こうした構造上の要因に加え、タイヤ脱落の増加を生んでいると考えられているのが、近年の自動車整備士の人手不足だ。国交省自動車局整備課によると、厚生労働省の統計データを基に算出された22年度の自動車整備士の有効求人倍率は5.02倍。全職種平均の1.31倍を大きく上回った。

事故が目立つのは冬タイヤへの移行時期だ。整備士の人手不足を背景にドライバーが自らタイヤ交換するケースなどが増えている可能性が考えられる。実際、22年度に起きた脱落事故のうち52%が、ドライバーがタイヤを交換して間もないうちに発生した。

タイヤの回転のゆがみを検知

そんな中、人手に頼らずに事故を防ごうと、国内の自動車関連企業が対策に動き出す。「ダンロップ」ブランドのタイヤを製造・販売する住友ゴム工業は24年、タイヤの回転振動を分析することで脱落の危険性を察知してドライバーに知らせるシステムの提供を始める。

タイヤの回転振動を分析してタイヤの脱落リスクを可視化する(イメージ画像:住友ゴム提供)

ナットが緩んだ状態では、タイヤの回転にゆがみが生じ、回転効率が悪化する。そのわずかなズレを車両のブレーキ制御ユニットにインストールするソフトウエアで検知し、ドライバーに知らせる仕組みだ。住友ゴムが独自に開発したアルゴリズム(計算手法)で異常を見つけ出す。

タイヤに追加のセンサーを取り付ける必要がなく、ソフトのインストールだけで使えるようになるのが強みだ。タイヤの情報を集約・分析する同社のタイヤセンシング技術「SENSING CORE(センシングコア)」の新たな機能として、脱輪予兆検知を加える。

住友ゴムは1997年にタイヤ空気圧低下警報装置「DWS」を実用化し、現在までに5000万台以上のクルマに採用された実績がある。センシングコアはDWSを発展させたものだ。同社オートモーティブシステム事業部AS第三技術部の徳田一真氏は「脱落事故はインパクトが大きい。システムの活用で(事故の)減少に貢献したい」と期待する。

トヨタ自動車系部品メーカーの東海理化は7月、大型車向けに脱輪を検知する装置の販売を始める。ナットの上からかぶせて使用する装置で、センサーを内蔵している。ナットの緩みをセンサーで検知し、運転席にある受信機を通じてドライバーに警告する仕組みだ。

タイヤのホイールナットに取り付けるセンサー内蔵装置(写真:東海理化提供)

商用車大手のいすゞ自動車が製品評価に協力し、現在は東北地方の運送会社で実証実験を行っている。25年度に月2000個の販売を目指す。東海理化は「クルマに携わるメーカーとして、交通死亡事故ゼロを目指し開発を進めている」(広報)と話す。

電動化や自動運転の普及が進む将来のモビリティー社会ではドライバーの負担が軽減される一方で、人が運転に関わらないことで整備への関心が薄れるという懸念もある。悲惨な事故は企業イメージの悪化にもつながる。新たな犠牲者を生まないためにも、事故増加の原因分析と事故ゼロへ向けた技術開発が急務だ。

(日経ビジネス 齋藤徹)

[日経ビジネス電子版 2024年2月27日の記事を再構成]

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