2014年に経営破綻した暗号資産(仮想通貨)交換業者マウントゴックスの債権者への仮想通貨の弁済が、7月に始まった。弁済開始まで約10年もかかるのは異例。債権の大半がビットコインで、配当を現金に限るという破産法の規定などが壁になって処理が難航した。専門家は「テクノロジーに法が追いついていない」と指摘する。
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「破産法がちゃんとしていれば、10年もかからなかったと思う」。倒産法に詳しい専門家は話す。
始まりはビットコインの消失だった。「システムに弱いところがあって、ビットコインがいなくなって」――。当時、マルク・カルプレス代表取締役の記者会見は大々的に報じられた。同氏は取引システムのデータを改ざんしたとして私電磁的記録不正作出・同供用罪で有罪が確定したが、顧客の預かり金を着服したとする業務上横領罪では無罪となった。
マウントゴックスの倒産手続きは曲折した。14年2月に民事再生手続きを裁判所に申し立てたが、再生の見込みが乏しいとして棄却。同年4月に破産手続きに移行した。だが、当時約5万円だったビットコインが急騰し、潮目が変わった。17年11月には初の100万円台をつけた。直近では800万円以上で推移している。
破産法、ビットコインで配当できず
破産法は、金銭でない債権は破産手続き開始時点の評価額をもとに金銭で配当すると定めている。つまり債権者はビットコインを現物で受け取ることができず、14年4月以降の値上がり分を享受できないことになる。それどころか値上がり分のほとんどがカルプレス氏の手に渡る可能性が高かった。破産手続きによって生じた残余財産は、株主に分配されるルールになっており、カルプレス氏は法人を通じて実質的に9割近くの株を持っていた。
こうした状況に債権者らが猛反発。「債権者の犠牲のもとにカルプレス氏らが多額の分配を受けるのは著しく不当かつ正義に反する」(債権者による再生手続き開始申し立て書)などとして、民事再生手続きをやり直すことを求めた。裁判所も、いったん棄却した民事再生を認めるという異例の決定を下し、18年に民事再生に再移行した。
民事再生による手続きの場合、ビットコインを含めた配当ができるなど、破産法よりは柔軟な処理が可能だ。その代わり再生計画案をつくった上で債権者の多数決をとるなどの手続きが必要となる。再生計画案によると、確定再生債権者は3万6797人に及び、多くは海外在住の外国人だった。一連の手続きに、膨大な時間と手間がかかった。
もし破産法がビットコインによる弁済を認めていれば、もっと早く処理できた可能性があるとみる専門家は多い。破産手続きは財産を債権者に分けるだけのプロセスなため、ある程度画一的に処理が進む。再生計画案の策定や債権者による賛否投票などの手続きは不要だ。当時、再生手続き開始の債権者申し立てを代理した福岡真之介弁護士は「破産法が現金配当に限る合理性はない。中国など海外では現物配当を認めている国もある」と指摘する。
専門家「現行法の見直しも」
日本大学の杉本純子教授は「キャッシュレス化がますます進み通貨以外で経済が回る時代が来れば、金銭での配当を原則とする現在の破産法では対処しきれない事案が増えるかもしれない」とみる。「将来的に暗号資産を破産法上の『金銭』と解釈して対応可能かなどの検討が必要になる可能性もある」と話す。
帝国データバンクの内藤修・情報編集課長も「仮想通貨以外にも、短期的に価値が急変動する資産が今後出てくる可能性がある。現在の法制度で対応できるか検証が必要だ」とする。
急速に進化するテクノロジーに対し法規制が後追いになるのは、ある程度仕方がない面もある。だが今回、現金主義から脱却できていない日本の破産法が生んだひずみは大きく、実質的に「清算型」の倒産を「再建型」で処理せざるを得なくなった。そのツケとして10年もの時間が流れた。
世界の倒産事例でも極めて注目されたマウントゴックス事件は、急速に変化する社会に法を柔軟に対応させる大切さを改めて問いかけている。
(宮川克也)
▼マウントゴックス破綻
2014年2月、日本の仮想通貨交換業者マウントゴックスがサイバー攻撃を受け、ユーザーらがビットコインを引き出せなくなった。大部分が消失していることが判明し、同社は経営破綻した。当時、ビットコイン取引の世界的大手だった同社の破綻は、ビットコイン市場を揺るがせた。
仮想通貨交換業者のセキュリティーや規制の重要性が認識され、日本では17年に改正資金決済法が施行。登録制などが導入された。23年には米司法省が、マウントゴックスからビットコインを盗んで資金洗浄した疑いで、ロシア人容疑者2人を起訴したと発表している。
コイン高騰、弁済率2000倍も
マウントゴックスの倒産手続きを巡っては、ビットコインの急騰で債権者に対する弁済率が異例の高さになる見込みだ。自分の財産がどうなるかよく分からないまま10年間も待ち続けるのは債権者に不利益といえるが、今回は金銭面だけをみると結果的に大きな得になりそうだ。
数回に分けて弁済を受けているある債権者は、当時約200万円で取得したビットコインが、最終的には2000倍の約40億円相当になって返ってきそうだという。住宅ローンも抱える一般的なサラリーマンだが、事情に詳しい関係者によると、こうした「億り人」は多数出ているもようだ。
民事再生の平均弁済率は1割弱、破産はほぼゼロとされる。今回は例外的に高い弁済率だ。
弁済された仮想通貨を現金化して得た収益は税法上「雑所得」とされ、確定申告が必要だ。税率は一律10%の住民税を含めて15〜55%。国税OBで仮想通貨に詳しい坂本新税理士は「税額計算に必要な取得価額が分からないなどの相談が多い。適切な納税に向け、専門家に相談するのが大事だ」と話す。
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