ミニアプリで注文すると20分ほどでドローンが商品を運んでくる

上海市の中心部からクルマで約30分の距離にある黄興公園。連日40度の猛暑が続く8月上旬に訪れると、公園にある広場の隅に白色と黄色でカラーリングされた小さな建物が設置されていた。

中国出前アプリ大手の美団が手掛ける「出前ドローン」の配送スポットだ。これまでは広東省深圳市などを中心に試験運用されてきたが、2024年7月から上海市の黄興公園でもサービスを利用できるようになった。

看板のQRコードを読み取ればミニアプリで注文できる

使い方は至って簡単だ。まず配送スポットの横に掲げられた看板に提示されているQRコードを中国のSNS「微信(ウィーチャット)」で読み取ると、美団の「ミニプログラム」(ミニアプリ)が立ち上がる。ミニアプリには配送スポットの住所が登録済みで、ユーザーは中国の飲食チェーンなど複数店舗の中から商品を選択し、決済するだけで注文が完了する。

実際に中国の大手飲料チェーンの商品を購入してみたが、美団で自宅に出前を注文するのと操作はほぼ同じで、料金も変わらない。平日の午後だったが、20分ほどで近くのショッピングモールから注文した商品が届いた。配送状況もミニアプリ上で確認できる。

携帯番号の下4桁を入力すれば商品を受け取れる

ドローンが配送スポット上に到着すると、梱包箱に入った商品がドローンから配送スポットの中に移されすぐに飛び去って行った。配送スポットの画面上で携帯電話番号の下4桁を入力すれば商品を受け取れる。最後に梱包箱を折りたたんで回収ボックスに入れれば、出前が完了する仕組みだ。

梱包箱の中に注文した商品が入っている
梱包箱を回収ボックスに入れれば出前ドローンは完了

「低空経済」を景気回復の起爆剤に

「低空経済」――。不動産不況が原因となり景気低迷が深刻化する中国経済を揶揄(やゆ)する言葉ではない。冒頭のドローン配送などを活用した新たな経済圏として習近平(シー・ジンピン)政権が打ち出しているキーワードだ。

主に高度1000メートル以下の低空域で展開される経済活動を指す。具体的にはドローン配送や、ドローンの農業や映画撮影での活用、電動垂直離着陸機(eVTOL)を使った「空飛ぶタクシー」などのビジネスが想定されている。

低空経済はこれまで深圳市を中心に都市や省単位で試験的にサービスが展開されてきた。だが23年12月に開催された経済の運営方針を決める中央経済工作会議で、バイオ製造や宇宙関連と並び「戦略的新興産業」に位置付けられ、24年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)でも同様に成長分野として掲げられた。24年1月には「無人航空機飛行管理暫定条例」が正式に施行されるなど、法整備も急ピッチで進む。

実際、24年に入り多くの直轄都市や省が低空経済に対する政策を打ち出している。例えば深圳市を含む広東省は24年6月に、26年までの行動計画を発表。ドローンの離着陸スポットなどのインフラ整備を含めるほか、ドローンの飛行時間を350万時間まで増やすという目標を掲げた。中国のドローンメーカー、億航智能(イーハン)は24年4月、eVTOLの量産許可を中国民用航空局から取得しており、低空経済をリードする。

上海市も24年8月、低空経済に関する行動計画を発表。27年までにeVTOLやドローンなどのメーカー10社が市内に拠点を置き、関連サービス企業を育成していく。低空経済関連の部品メーカー100社が集結することを目指している。

安全と雇用が課題

中国工業情報化部傘下の研究機関によると、中国における23年の低空経済の規模は約5060億元(約10兆円)に達しており、26年には1兆元を超える見込みだという。景気回復の起爆剤として期待される一方で、普及には課題が多い。

その1つが安全性だ。直轄都市や省の多くはドローンの離着陸スポットなどインフラ整備の拡大を掲げるが、スポットが増えるほど事故の可能性は高まる。安全性と利便性を見極めながら拡大していく必要があるのは確かだろう。

もう1つが雇用だ。中国国家統計局によると16〜24歳の若年層の失業率は17.1%と高く、社会問題になっている。雇用不足に陥る中、美団に代表される配送ドライバーは、中国配車アプリ大手の滴滴出行(ディディ)と並んで雇用の受け皿となっている。低空経済が発展することで雇用が失われれば、今以上の景気低迷につながりかねない。

課題を抱えながらも中央政府主導の下、急速に立ち上がる中国の低空経済。景気低迷から脱出する救世主になるのか、ややネガティブなネーミング通り低空飛行を続けるのだろうか。

(日経BP上海支局 佐伯真也)

[日経ビジネス電子版 2024年8月22日の記事を再構成]

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