2020年代に最低賃金を全国平均で時給1500円に引き上げたら、地方で廃業する企業が相次ぐのではないか――。最低賃金を審議する関係者の一部で、石破茂首相が掲げた「公約」を危惧する声が上がっている。こうした懸念が影響したのか、自民党は衆院選の政権公約から具体的な目標値を削除した。
石破首相は1日の就任記者会見で、20年代に最低賃金を全国平均で1500円に引き上げると表明。政府は既に30年代半ばに1500円を実現させる目標を立てていたが、大幅に前倒しする新たな方針に厚生労働省や経済界などで衝撃が走っていた。
というのも、最低賃金は政治家だけで勝手に決められないからだ。最低賃金は毎年7月ごろ、労使の代表らで構成する厚労省の中央最低賃金審議会で引き上げ額の目安が示される。目安を受け、各都道府県の地方最低賃金審議会で最終額が決まる。
10月以降に各地で適用される24年度の最低賃金は、全国平均で1055円。前年度から51円(5・1%)増と過去最高の上昇を記録した。だが、残り5年で新たな目標を達成するには毎年7・3%の引き上げが必要になる計算だ。
最低賃金法では統計的な裏付けも必要で、賃金や労働者の生計費、事業者の支払い能力が考慮される。審議会に委員を送り出す日本商工会議所の小林健会頭は4日、「方向性は賛成だ。問題は速度と支払い能力だ」と懸念を示したのも、そのためだ。厚労省幹部は「5%の引き上げを実現できたのは、物価高などの環境があったからだ。7・3%を実現するには、インフレがさらに加速する必要がある」と指摘する。
「町や村が消えることにつながりかねない」
急激に引き上げた結果、地方での廃業を懸念する声も出ている。審議会関係者は「最低賃金が7・3%のペースで上がっていったら、地方の小さな商店は従業員に賃金を支払えず廃業していくことになる。石破首相が掲げる地方創生とどう整合するのか。地方の小さな商店の支払い能力やセーフティーネットを考えた上での発言だろうか」と疑問を呈した。その上で「東京では潰れても代わりの企業が出てくるが、地方はそうはいかない。町や村が丸ごと消えることにつながりかねない」と懸念する。経済官庁幹部も「賃上げについて行けない企業は潰れ、そこに滞留している人的資源は成長分野に回すという劇薬だ」と解説する。
自民党が10日に公表した衆院選の政権公約では、最低賃金について「引き上げの加速」とだけ明記するにとどめた。【宇多川はるか、神足俊輔、古川宗】
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