「こうやって読み込めばシールが出てきます」。住友商事のリテイル・トランスフォーメーションチームの安田茉央氏が7月下旬、傘下の食品スーパー大手のサミット(東京・杉並)で実証実験する、あるシステムを実演してくれた。
バーコードリーダーを装着したスマートフォンでメンチカツの入った容器のバーコードを読み込む。すると、そばに置いた機械から「半額」「20円引」といったシールが出てきた。人工知能(AI)によって商品の値引き業務をサポートするもの。値下げし過ぎれば利益が減るし、値下げせずに売れ残れば食品ロスにつながってしまう。難しい業務になる。
現在の値引き業務は、夜間帯の店舗責任者など一部の従業員が経験を頼りに行うが、人的リソースは限られる。そこで住商の子会社で、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進を担うインサイトエッジ(東京・千代田)と連携し、客数予測や現在の時間帯などから「値引きすべきかどうか」「いくら値引きすべきか」を判断するAIシステムを開発した。半分強の総菜商品を対象として13店舗で実験してきたが、2024年度中に全店に導入することを決めた。
サミットが商圏とする首都圏には、ライフコーポレーションやディスカウントスーパーのオーケー(横浜市)といった強敵が多い。店舗・売り場づくりや商品の企画・開発に手間とコストをかけることで対抗しようとしているが、流通アナリストの中井彰人氏は「人件費が上がる中、このまま人手をかけられるのか」などと指摘する。
そこでサミットは「良い」だけではなく、生産性やコスト面の「強い」も兼ね備えるため、中計でDXの推進を掲げる。それを縁の下で支えているのが住商だ。
サミットは22年4月に「リテイルDX推進室」を立ち上げた。現在の人員は8人になるが、このうち4人は安田氏のように常駐する住商社員。自身もサミットへの出向経験がある住商の山元淳平・国内リテイルユニット長は「サミットを行ったり来たりする住商社員は多い」とも話しており、こうした人材がDXによるサミットの進化を支える。
その一例がAI開発のPKSHA Technology(パークシャテクノロジー)と開発した、店舗従業員の作業割当表を自動作成するAIシステムだ。スーパーは精肉や青果、レジといった部門に分かれており、それぞれ専門的な業務や独自のルールなどがある。従業員一人ひとりで担当できる作業や習熟度も異なる。
これに対して、サミットは「レイバー・スケジューリング・プログラム(LSP)」と呼ぶ人員配置手法を使っている。事前に予測した客数や各部門の売上高から作業量を算出した上で、店舗責任者が約200の作業項目に対し、作業の優先度や従業員の出勤・退勤時間、習熟度などを踏まえ、エクセル上に10分単位で作業を割り当てていた。スーパーは、多いときには1店舗当たり100人以上の従業員が働いており、作業割当表の作成に1時間程度かかることもあった。
人件費換算1億2000万円分
23年4月にAIシステムを全店に導入した。条件を設定すれば、約1分で数十万通りの候補の中から最適な作業割当表を作成してくれる。もちろん店舗責任者が最終調整しなければならないものの、時間にして年8万時間程度、人件費換算で1億2000万円程度の削減効果があった。
またグローサリー(生鮮以外の食品)の自動発注システムの開発も進めている。「浮いた時間は『どうやったら売り場をより魅力的にできるか』という店舗の付加価値を高める業務に回せる」(山元氏)
DX推進の一環では、一度失敗したネットスーパー事業にも再挑戦している。09年に、住商が中心となって配送センターから顧客に宅配する「センター型」でスタートしたものの、実店舗がない場所も対象地域としたため、固定費や配送コスト、広告宣伝費などがかさんで14年に撤退を余儀なくされた。
再挑戦に当たってはネットスーパー事業で成功しているスーパーサンシ(三重県鈴鹿市)と協業した。センター型ではなく、店舗から宅配する「店舗型」。サミットのポイントカード会員向けのサービスで月会費がかかるが、購入金額が税別1500円以上の場合は別途費用がかからない使い放題だ。基本的には、荷物を自宅前などに置く「置き配」となっており、戸建ての場合は専用ロッカーの据え付けを推奨している。
現在は13店舗で展開しており、サミットの服部哲也社長は「出店していない地域の消費者を対象にしようという気は全くない。2回目の失敗は許されない」と気を引き締める。
将来見据えるリテールメディア
住商との二人三脚で進化するサミット。高コスト構造や店舗寄りの打ち手が多い点は気になるものの、サミット・住商はもう一歩踏み込んだ青写真を描き始めている。
その序章が住商傘下でドラッグストアを展開するトモズ(東京・文京)との顧客ID統合とポイント連携だ。25年度にも始める。「サミットの『食』とトモズの『健康』が連携したとき、新しい価値が生まれる」とサミット会長も務める住商リテイルSBU長の竹野浩樹氏は言う。
例えばリテールメディア(小売り広告)だ。サミット・トモズの顧客情報を分析できるようになれば、行動や志向、家族構成の変化などが分かり、食品にとどまらず幅広い業界のマーケティングに使えるようになる。現在はサミット自身のイメージ広告などを流すだけだが、5年後10年後のニーズを見据え、店内にはディスプレーも配置している。
ただ、この青写真を完成させるには実店舗の競争力を維持しなければならない。人件費の高騰などをDXによる生産性向上で吸収しながら、これまで通り、手間暇をかけて顧客に支持される手を打っていく。この両立の先にサミットがスーパーを超える存在になれるかどうかが見えてくる。
(日経ビジネス 高城裕太)
[日経ビジネス電子版 2024年10月10日の記事を再構成]
日経ビジネス電子版
週刊経済誌「日経ビジネス」と「日経ビジネス電子版」の記事をスマートフォン、タブレット、パソコンでお読みいただけます。日経読者なら割引料金でご利用いただけます。 詳細・お申し込みはこちらhttps://info.nikkei.com/nb/subscription-nk/ |
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。