ジェットコースター並みの乱高下
「スイ、ヘー、リー、ベ、…」化学で出てくる元素記号を覚えようと唱えたことがある人も多いと思いますが、今回のコラムの主役は3番目に出てくる「Li」=リチウムです。
EV=電気自動車、スマートフォンのバッテリーに使われているほか、うつ病の治療薬にも使われています。
電子製品に囲まれた生活には欠かせないレアメタルとなりました。
日本政府も特定重要物資に指定しています。
JOGMEC=エネルギー・金属鉱物資源機構によりますと、このうち最大の用途はリチウムイオン電池だということです。
使われているのが「炭酸リチウム」や「水酸化リチウム」で、リチウムの市況を見るときはこの2つを指標にすることが多いそうです。
その2つのリチウムの国際市況を見てみます。
リチウムは取引所を介さない相対取引が多いとされていますが、その市況を調べている民間の調査会社=アーガス・メディアによりますと、最近のリチウム価格は激しく乱高下しています。
2020年の7月ごろの「炭酸リチウム」と「水酸化リチウム」は1キロあたりともに7ドルで推移をしていましたが、2021年に入ると急速に価格上昇。
2022年には「炭酸リチウム」の価格は69ドル、「水酸化リチウム」は81ドルと1年間でおよそ10倍に跳ね上がりました。
しかし、その価格は2023年ごろから一転して急落します。
2023年12月末には、炭酸リチウムは13.5ドル、水酸化リチウムは13ドルとなり、大きく下落しました。
直近の2024年11月末時点では9.55ドル、10ドルとピーク時のおよそ8分の1となりました。
この5年間でまさに価格はジェットコースターのように乱高下しているのです。
背景にはEV需要の鈍化が
なぜリチウムの価格が急落したのか。
複数の専門家に取材をするとEV(電気自動車)が関係しているという指摘が聞かれました。
EVの需要の伸びが世界的に減速し、バッテリーに使われているリチウムの価格に下落圧力がかかったというのです。
IEA=国際エネルギー機関によると世界全体でのEVの販売台数は2023年で950万台と10年前の販売台数と比べて47倍になりました。
しかし1年ごとの伸び率で見ると事情は変わります。
アメリカやヨーロッパの主要国ではことしに入ってEVの需要の伸び率が鈍化しています。
また、世界最大の「新エネルギー車」の市場である中国も購入時の補助金が2022年末に終了したことなどから去年のEV販売は前の年と比べて微増となり、かつてのような伸び率は見られなくなりました。
こうした中で、海外の自動車メーカーの中にはEV化の目標を撤回する動きも出ています。
スウェーデンのボルボ・カーは販売する車を2030年までにすべてEVとするとしていましたが撤回。
ドイツのメルセデス・ベンツグループも2030年までにすべての新車をEVにするという目標を事実上、撤回しました。
さらに「BYD」など中国のEVメーカーとの競争も激しくなるなかで、フォルクスワーゲンは創業以来初めてとなるドイツ国内工場の閉鎖や従業員の給与削減などを検討することを明らかにし、組合との対立が続いています。
猛烈なスピードでガソリン車やハイブリッド車にとって代わるのではないか…そんな勢いを見せていたEVシフトですが、“見込み違い”が自動車メーカーだけでなく鉱物資源にも影響を及ぼしていたのです。
リチウムはそもそも取引量がまだ多くありません。
市場ではなく相対で取り引きされていることが多いため、もともと価格は上下しやすいという特徴がありました。
そこに「どうやら予想していたほどEVシフトは起きないかもしれない」という見方が加わったため、リチウムが一時的に供給過剰となり、在庫が増え、価格の下落につながったとみられています。
「川上」の企業にもすでに影響が
リチウムの価格の下落はサプライチェーンの川上にある企業にも影響を及ぼし始めています。ことしに入って次のような動きがありました。
JOGMECのレポートよりますと、▽ことし8月にはアメリカの化学大手「アルベマール」がリチウム加工工場での生産を縮小したほか、▽9月にはアメリカの化学大手「アルカジウム」もオーストラリアのリチウム鉱山での採掘を休止したということです。
さらにロイター通信は▽自動車用電池の世界最大手で中国の「CATL」も中国南部・江西省のリチウム事業で生産調整を計画していると伝えています。
リチウムの価格下落を受けて企業の戦略見直しが相次いでいるのです。
一方、日本の大手商社はこうした海外企業の動きとは逆の戦略をとっています。
▽三菱商事はことし3月、カナダの鉱山大手がつくったリチウム開発会社に出資することを決めました。
オンタリオ州で行われる開発は2027年ごろに生産を開始、年間生産量は2万トン(EV約30万台分に相当)です。
また、▽三井物産はことし4月、ブラジルで最大規模のリチウム鉱山の開発を進めるアメリカの企業「アトラスリチウム」におよそ45億円を出資、事業に参画しました。
出資とともに約5年間で31万5000トン(EV100万台分に相当)のリチウム精鉱を買い取る契約を結びました。
こうした日本の商社の戦略について専門家は次のように分析しています。
シティグループ証券 平本優美コモディティ部長
「EV需要が減退する中でも、日本の商社は国内の自動車メーカー向けなど販売先に困らないという見立てがあるのだとみられる。一方で鉱山開発のリスクが高いと認識しているからこそ単独ではない形で事業に参画しているのだろう」
白いダイヤであり続ける?
EVシフトの見通しに左右される形で価格が乱高下したリチウム。
そのさなか“中長期的な目線”で投資に踏み切った日本の商社。
今後の価格動向はどうなるのでしょうか。
鉱物などの商品市場に詳しい調査会社に聞きました。
アーガス・メディア トーマス・カバナー メタル市場責任者
「今後数年間のリチウム価格は2022年から24年のような上昇・下落のサイクルを繰り返すだろう。アメリカと中国の関税をめぐる争いの中にいずれリチウムが含まれる可能性があり、貿易摩擦が起きるのか起きないのかが重要なポイントになるだろう。さらに今後、ヨーロッパが脱炭素の取り組みが不十分な国からの輸入品などに事実上の関税を課す『CBAM=炭素国境調整措置』に本格的に取り組むようになれば、リチウム価格に影響を与える可能性がある」
激しい争奪戦から“白いダイヤ”とも言われるリチウム。
その価格動向からは目まぐるしく変化する経済の潮流と国・企業の思惑が透けて見えます。
注目予定
(12月9日「おはBiz」で放送予定)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。