HRソフト大手米ワークデイは米ハイヤードスコアを買収してAI採用ツール「HiredScore AI」を投入した=ワークデイのサイトより
日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。
生成AIリクルーター登場。出所:CBインサイツ

分析に基づく3つのポイント:

AI採用市場、既存勢と新興勢がしのぎ:HRソフト大手(合計時価総額1兆ドル以上)はAI採用機能を相次ぎ投入し、この分野のスタートアップによる2024年の資金調達件数は11件に上る。この機能を導入した企業や投資家はAIが採用活動に変革をもたらすと考えており、既存プラットフォームと特化型システムの2つのタイプからなる市場が生まれている。

導入企業は連携と使いやすさを重視:AI採用ソフトを導入した企業の責任者10人とのインタビューでは、顧客サポート、連携、使いやすさ、AIの質の4つが評価の決め手として繰り返し挙がった。導入を検討している企業は、既存の業務フローにシームレスに連携するシステムを選ぶべきだ。

生成AIが採用の陰の原動力に:「コパイロット」インターフェースは、採用業務への生成AI活用の第1波にすぎない。例えば、米メルコア(Mercor、企業価値2億5000万ドル)はチャットボットにとどまらず、LLMを活用した候補者の自動抽出や審査、パフォーマンス予測など採用プロセス全体にAIを組み込んでいる。HR担当者は業務フロー全体にAIを組み込めるかを基準に開発業者を評価すべきだ。

AI採用市場、既存勢と新興勢がしのぎ

HRソフト大手、AI採用ツールを相次ぎ投入

HRソフト各社は生成AIを活用して採用業務を効率化し、強化するチャンスに気付いている。

既存大手(時価総額ベース)の大半は採用「コパイロット」または「エージェント」サービスを投入している。

人事給与システム大手がAI採用ツールを相次ぎ投入。出所:CBインサイツ

HRソフト大手米ワークデイは2月に米ハイヤードスコア(HiredScore)を買収し、AI採用ツール「HiredScore AI」をこのほど投入した。米サウスウエスト航空はこのツールの導入により採用プロセスを標準化し、採用担当者の業務を週10時間節約できたとしている。ワークデイの最高経営責任者(CEO)は最近の決算説明会でこのツールについて強調し、戦略的な重要性を示した。

ワークデイCEOは新たなAI採用ツールを称賛した顧客企業の声を取り上げ、ハイヤードスコアの買収効果を強調。出所:CBインサイツ

米ペイチェックスも24年6〜8月期の決算説明会で、自社の採用コパイロットを活用することで中小企業の候補者選びが迅速化すると強調した。スタートアップの米フィンデム(Findem)との提携で投入されたこのツールは、候補者の自動検索と抽出により、求人情報の掲載や履歴書チェックを不要にする。

アーリーステージ(初期)スタートアップも勢い

上場企業の活動に加え、未上場の採用AIエージェント&コパイロット市場にも30社以上がひしめいている。

この市場は既存ソフトにAIコパイロットや対話インターフェースを追加した企業(例:米アイシムス=iCIMS)と、コパイロットとエージェントの専業企業(例:米テジ=Tezi)に分かれる。例えば、テジは履歴書の審査から面接日時の調整まで採用プロセスをエンド・ツー・エンドで自動化するAIエージェント「Max」を開発している。

CBインサイツの商用成熟度のスコアによると、市場の半数以上(54%)がシステムを既に投入している。

ピーター・ティール氏や米ベンチマークキャピタル、米Yコンビネーターなどの著名投資家はこの分野にチャンスがあるとみている。こうした投資家はAIエージェント&コパイロットのスタートアップに出資し、24年のこの分野の調達活動はアーリーステージを中心に(11件中10件)回復している。

CBインサイツのデータによると、この分野はHRテック市場で24年のエクイティ(株式)による調達件数と調達額が最も伸びている分野の1つだ。

採用AIエージェント&コパイロットの調達件数急増。エクイティによる調達額と件数、公表ベース。出所:CBインサイツ

導入企業は連携と使いやすさを重視

こうした採用AIエージェント&コパイロットは生成AIを活用し、採用業務をエンド・ツー・エンドで自動化する。つまり、最適な候補者を積極的に探して見つけ出し、スキルをテストし、面接日時を調整して面接内容を分析し、チャットでの会話を通じて求職者の関心を育む。

AI採用ソフトを導入した企業の担当者10人のインタビューでは、顧客サポート、連携、使いやすさ、AIの質が繰り返し決め手に挙がった。足元の市場ではこの4つの基準を備える商品はまだなく、これを果たせる企業にはチャンスがある。

例えば、ある放送信号会社の経営幹部は自社の募集条件に対応した「ワンストップショップ」を求めた。この企業は米シークアウト(SeekOut)のサービスを導入しており、そのAIツールは変革的で、自社に新たなレベルの効率をもたらしたと評価した。

この経営幹部は「このツールは有能な人材を抽出し、多様な採用方法を見つけるのに役立つ。シークアウトの活用で採用プロセスを効率化できた。業務フローとの連携もスムーズで、手作業が大半を占めていた従来の方法にはもはや戻れない」と語った。

出所:CBインサイツ

この幹部はプロバイダーを評価する際は、社内システムに合うかどうかをチェックするようアドバイスした。

一方、米アシュビー(Ashby)のツールを導入した別の企業の取締役は、採用ツールのセットアップや展開「しやすさ」を重視すべき点に挙げた。導入に際しての社員への研修の必要性を見込んでおくよう指摘した。

求職者体験

求職者にとっての使い勝手の良さも考慮すべき点だ。各社は素早い対応や迅速な日程調整、勤務時間外でも回答できる柔軟性などのメリットを備えている。米センスローフ(Senseloaf)や米ヒューマンリー(Humanly)などは、候補者の満足度の高さをセールスポイントにしている。

表に出にくい要素の1つは、求職者のAIシステムに対する信頼だ。

米ピュー・リサーチ・センターが米国の求職者を対象に実施した調査では、AIによる応募書類のチェックに反対だと答えた人は41%、分からないは30%で、賛成は28%にとどまった。AIによる審査で求職者の年齢や性別への偏見がなくなった事例が注目されているが、信頼構築には役立っていないようだ。

AI採用ツールの学習方法や判断の根拠の理解が進めば、こうした問題への対処につながるだろう。信頼構築には時間がかかるだろうが、注視すべき課題だ。

注目のスタートアップ

この分野には30社以上がひしめいている。

商業的な勢いとサービス内容を把握するため、過去2年の従業員数の増加に基づいてこの分野で急成長しているスタートアップ3社にスポットライトを当てた。

従業員が25人以上で、財務の健全性を示すCBインサイツの独自スコア「モザイク」が600点を超える(12月5日時点)スタートアップを対象にした。

アシュビー:最新の資金調達、シリーズC(24年5月、調達額3000万ドル)

・AIを活用した応募者チェック、自動での日程調整、フィードバックの要約の作成、採用分析機能を備えた中小企業向けの総合採用プラットフォーム。

・顧客企業は24年6月時点で1300社を超えるとしている。カード発行・決済処理の米マルケタ、フィンテックの米ランプ、業務アプリの米ノーションなどが名を連ねる。

・資金調達の勢い、従業員数の増加(過去2年間で162%増)、商業ネットワーク(売上高が22年以降6倍に増加)などが、モザイクスコアが高い理由だ。

出所:CBインサイツ

フィンデム:シリーズB(22年3月、3000万ドル)

・候補者の抽出、チェック、選抜などの採用コパイロットを手掛ける。キーワードではなく属性により候補者を検索する。企業の顧客情報管理(CRM)、応募者追跡システム、社員による推薦、アウトバウンドソースと連携する。

・HRソフトの米グリーンハウスやペイチェックスなどと提携している。

米ムーンハブ(Moonhub):シード(24年6月、5万ドル)

・技術、営業、プロダクト、財務、データなどの職種での候補者の発掘、評価、スカウト、対話をこなすAIエージェントを開発。

・従業員数は過去2年間で258%増え、50人近くになった。

・米GV(旧グーグル・ベンチャーズ)や米コースラ・ベンチャーズなどから出資を受けている。顧客には米アンソロピック(Anthropic)や米スライブ・グローバル(Thrive Global)などのテック企業が名を連ねる。

生成AIが採用の陰の原動力に

導入を検討している企業は、AIを単なる対話インターフェースではなく、採用業務全体をカバーする目に見えない層になるとのビジョンに基づき、開発各社を評価すべきだ。例えば、メルコルは独自LLMを活用して(履歴書を提出してAI面接を完了した)求職者と求人をマッチングし、将来のパフォーマンスを予測するマーケットプレイスを開発している。

導入企業には今後、主に4つの影響が及ぶ。

「コパイロット」インターフェースは生成AI活用の第1波にすぎない。AIは発掘からふるい分け、エンゲージメント(関係構築)まで、採用業務全体に深く組み込まれることで価値をもたらすだろう。対話ボットを加えただけでなく、AIを軸に採用プロセス全体を見直している開発業者を探すべきだ。

従業員の準備と研修が重要になる。米コンサルティング会社オリバー・ワイマンが2万5000人の従業員を対象に実施した調査によると、雇用主による生成AI研修が不十分だと感じている従業員は57%に上る。技術力だけでなく人的要因も、こうしたツールの導入の成否の決め手となる。変化の管理やスキル育成をサポートできる開発業者を選ぶべきだ。

AIは業務全般に拡大するため、連携能力は一段と重要になる。既存の人事システム、CRM、対話ツールとシームレスに接続する能力は非常に重要になる。この点では既存勢が有利だが、優れた連携レイヤーを築けるスタートアップにもチャンスがある。

採用だけでなく、人事業務フロー全体への拡大に注目すべきだ。ムーンハブなどは複数の職種(技術、営業、プロダクト、財務)での採用を対象にしている。これはAIツールが従業員のサポート、パフォーマンスの管理、スキル育成など他の分野にも拡大することを示している。例えば、メルコルはパフォーマンスの予測と自動評価を目指している。

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