国際的に有名なミャンマー東部カイン州の犯罪地区で、中国の犯罪組織によってオンライン詐欺に加担させられていた中国人男性が本紙の取材に応じた。男性は、写真や動画なども提供。偽の暗号資産(仮想通貨)投資を持ちかけ女性から金をだまし取る、残忍で大がかりな国際ロマンス詐欺の実態が浮かび上がってきた。(バンコク・藤川大樹、北京・河北彬光)

2022年12月、ミャンマー東部カイン州で、詐欺師たちが使っていたスマートフォン=盧一豪氏提供

◆タイの「通訳」応募、しかしミャンマーへ違法越境させられ…

 本紙に証言したのは、中国浙江省出身の盧一豪(ろいちごう)氏(30)。  タイ国境のカイン州ミャワディ郡区には、亜太新都市(シュエコッコ)やKK園区、東美園区など複数の犯罪地区が点在する。  盧氏によると、アラブ首長国連邦のドバイで働いていた際、タイでの「通訳」の求人を見つけ、2022年6月4日にタイへ入国。勤務先は首都バンコクだと考えていたが、空港まで迎えに来た銀色のバンで国境地帯へ連れて行かれた。その後、ボートでモエイ川を渡ってミャンマーへ違法越境させられ、東美園区で捕らえられた。  ミャンマーの人権団体「ジャスティス・フォー・ミャンマー(JFM)」によると、東美園区は香港を拠点とする犯罪組織「14K」の関連企業が開発に関わり、ミャンマー国軍傘下だったカイン州の国境警備隊(BGF)が管理。JFMのメンバーは「BGFは警備や輸送、電力供給などの支援を行っている」と話す。

◆人身売買被害の70人で構成された詐欺集団の一員に

 敷地内にはカジノやカラオケバー、売春宿などがあり、合成麻薬のMDMAや幻覚作用を伴う麻酔薬のケタミンなどが売られていた。流通する通貨はタイのバーツだった。複数の詐欺グループが「入居」しており、盧氏のグループには約70人が所属。  いずれも盧氏と同じように人身売買の被害に遭い、出られなくなった人が多かった。主なターゲットは中国人だったが、米国など英語圏の人々を狙うグループもあった。  表計算が得意だった盧氏は詐欺師ではなく、「会計士」として組織の帳簿を付けていた。会計用語は独特で、労働者を違法越境させる「渡河料」や、敷地内への出入りを護衛する武装警備員へ支払う「兵士料」などの費目が計上されていた。

◆拷問動画を両親に送られ、両親は身代金600万円を支払い

5月下旬、タイ側から望むミャンマー東部カイン州のシュエコッコ地区。同州には東美園区以外にも複数の犯罪地区が点在する=藤川大樹撮影

 やがて組織の信頼を得た盧氏は自身の携帯電話の使用を許可された。盧氏は通信アプリの「テレグラム」で両親と連絡を取り、誘拐されたが、今のところ無事であることを伝えた。  年が明けて盧氏が解放を求めると、後ろ手に縛られ、スタンガンで拷問された。組織は撮影した拷問動画を盧氏の両親へ送りつけ、50万元(約1100万円)の身代金を要求した。  両親から相談を受けた中国浙江省の地方政府当局は両親に「ドラゴン」と名乗るブローカーを紹介した。ドラゴンはBGFにツテを持つ中国人実業家と接触し、盧氏は23年1月下旬に解放された。両親はドラゴンに27万元(約600万円)を支払ったという。    ◇   ◇    

◆詐欺の標的は「30~50代の女性」「既婚者や離婚経験者」

オンライン詐欺が行われていた一室(盧一豪氏提供)

 盧氏が加わった詐欺グループは主に中国人女性に恋愛感情を持たせ、信頼を得た上で偽の仮想通貨投資を持ちかけ、金をだまし取っていた。  詐欺師たちは約1500台ものスマートフォンを使って、中国製の通信アプリ「微信(ウィーチャット)」で偽物のプロフィルを作成した。プロフィルには盗まれたアカウントや携帯電話番号、写真、動画などが使われた。詐欺用のスマートフォンはiPhone(アイフォーン)が多く、組織内連絡用は主に中国大手の小米科技(シャオミ)の機種だった。  中国人女性の中でも標的は30~50歳で、既婚者や離婚経験者が多かった。盧氏はその理由について「30歳未満は(仮想通貨投資するだけの)経済的余裕がなく、50歳以上はアプリをインストールすることができない。また、既婚者は不貞行為を疑われるのを恐れ、なかなか警察や家族に相談できないため狙われていた」と話す。

◆仮想通貨投資を持ちかけ 最初は少額、その後大口へ

 詐欺師は微信で友達リクエストを送り、返信があった女性と数週間かけて親密な関係を築く。やりとりしながら配偶者の有無や出生地、財務状況など相手の個人情報を収集した上で、自身の「豊かな生活」が、仮想通貨への投資収益で成り立っていることを伝え、偽の仮想通貨投資サイトへと誘導する。  詐欺師はまず1400~3500人民元(約3万~7万7000円)ほどの少額を、偽の仮想通貨投資サイトに入金するよう促す。最初は利益が出るようになっており、被害者はこの時点では利益を含めて全額を引き出せる。  その後、大口取引に誘い込み、被害者が利益を引き出そうとすると、口座が凍結される。  アプリには「取引はマネーロンダリング(資金洗浄)と判断された。保証金が支払われない限り、口座は凍結される」「利益に対し所得税を支払う必要がある」などのメッセージが表示され、さらに追加資金を要求する手口だった。このグループは2022年7月から11月までの5カ月間で、214人の被害者から7億円以上をだまし取ったという。  カイン州ミャワディの犯罪地区を舞台にしたオンライン詐欺は、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)も詳報している。    ◇   ◇    

◆オンライン詐欺、中国の社会問題に

詐欺師たちが寝泊まりしていた部屋=盧一豪氏提供

 中国では最近、オンライン詐欺の被害が相次ぎ、社会問題になっている。微信を通じ、ネットショッピングや投資、年金、仕事紹介などを口実に金をだまし取る手口が多い。中国当局はミャンマーに拠点を置く詐欺グループが暗躍しているとして、ミャンマー当局と連携し撲滅作戦を展開している。  「4時間で49万元(約1080万円)をだまし取られた」。中国の動画サイト上には、涙を浮かべて詐欺被害を訴える投稿が数多くある。投稿を見た人も「私もだまされた」「全額を失った」と次々に被害体験を書き連ねている。  中国当局によると、電話やネットを使った詐欺罪で2023年に起訴された人数は前年比67%増の5万1000人。両国の作戦によりミャンマーで摘発され、中国に移送された人数も23年以降、4万9000人に上る。大半がミャンマーへ密入国し、カジノなどを拠点に活動していたとみられる。

◆詐欺組織、幅広く構成員を勧誘

 昨年12月には、中国雲南省と国境を接するミャンマー北東部シャン州コーカン自治区の「四大家族」と呼ばれる詐欺組織の幹部ら10人を摘発。ミャンマー国軍に近い自治区元主席の白所成(はくしょせい)氏らが含まれていた。  中国の検察は、詐欺に加担する人物の多くが低年齢・低収入・低学歴の「三低」の階層に含まれると指摘。男性が9割を占めるが、最近は女性も増えつつあり、詐欺組織が幅広く構成員を勧誘している実態が浮かぶ。犯行時に相手に応じて虚偽の説明などを使い分けるため、年代を問わず被害が出ている。 

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