「ずっとインド人だったのに、突然、黒人になった」――。7月末、米共和党のトランプ前大統領のハリス民主党大統領候補についての発言は、米社会に波紋を呼んだ。
批判集めたトランプ発言
ハリス氏の母親の出身はインド、父親はジャマイカだ。かねて自分が「黒人かつアジア系」と説明してきた。事実をゆがめる発言内容に加え、複数の国や人種にルーツを持つ人々から「アイデンティティーに本人以外が疑問を呈するべきではない」とトランプ氏に強い批判があったのは当然だろう。
トランプ発言で出自を巡る問題に加え、記者の興味を引いたのは「ジャマイカ系米国人は黒人」ということだ。
ジャマイカはキューバの南に位置するカリブ海の島だ。もともと英国の植民地で、国語は英語。スペイン語圏の子孫を指す「ヒスパニック」には当たらないが、地理的には中南米の中心部だ。
米国でジャマイカ系米国人は自らをどう位置づけているのか。実際にジャマイカ系米国人に話を聞いてみた。
知人のつてをたどり、紹介を受けたのはニューヨーク市クイーンズ区在住のダニエル・シャドラク・リードさん(26)。文化の理解はまず胃袋から――。市内のジャマイカ料理店で話を聞いた。
シャドラク・リードさんはジャマイカ人の両親を持ち、ニューヨーク市内で生まれ育った。昼食時の店頭でオーダーしたジャマイカの代表的な郷土料理は、スパイスをふんだんに使ったチキン料理「ジャークチキン」。柔らかい鳥肉とあっさりしたゆで野菜、豆をまぜた付け合わせが合う。
ジャマイカ人口の8割は「アフリカ系」
ジャマイカ料理は「コメや豆料理は文化的に西アフリカ料理にルーツがある。食材など、中南米の他の国と共通するところは多いけど、(中南米で多用する)アボカドはそれほど使わないのが違いかな」と解説してくれた。
米国と同様に、ジャマイカには奴隷貿易で多くの人々がアフリカから連れてこられ、過酷な環境で強制労働に従事した。同国の西インド諸島大学の調べによると、ジャマイカの2024年の人口は推定約280万人、その76%が「アフリカ系」だ。
シャドラク・リードさんは「カリブ海諸国といっても、地域内で各国の事情や関心事項があり、コミュニティーもそれぞれ。一方でアフリカ系とジャマイカ系の米国人にはお互い、アフリカ系民族を祖先に持つ『アフロ・アイデンティティー』という同胞意識がある」と話す。
2023年の米センサス局の発表では、20年の国勢調査で自らの人種を「黒人」と回答した人のうち、カリブ海諸国系と答えたのは5%程度。その多くがジャマイカ系とハイチ系の住人だった。
「黒人」はアフリカ系もジャマイカ系も内包
米国立衛生研究所(NIH)によると、「ブラック(黒人)」はアフリカの黒人人種グループに祖先を持つ人を指す。ジャマイカ系など自らを「黒人だがアフリカ系米国人ではない」とするケースもあるという。
ちなみに「ラテン系(ラティーノ)」はキューバ、メキシコ、プエルトリコ、中南米を含むラテンアメリカに起源を持つ人を指すという。
米国の統計や意識調査では、人種の区分けはどうやって決まるのか。米民間調査団体ピュー・リサーチ・センターに問い合わせてみた。アンドリュー・グラント広報担当は「『黒人』や『ヒスパニック』など、分類は100%回答者の自己申告です」という。
米国で今も深刻な社会問題となっている黒人差別は外見に基づき、祖先やアイデンティティーと無関係に起こるケースも多い。アフリカ系のルーツを持つ有色人種であれば、社会から受けてきた扱いが「黒人」としてのアイデンティティーを形作る側面もあるだろう。
ハリス氏は19年、あるラジオ番組のインタビューで「私は黒人として生まれました。黒人として死にます。そのことを理解しない人がいても、言い訳はしません」と答えた。全てのジャマイカ系米国人が自らを黒人と考えないかもしれない。その問いかけ以前に、ハリス氏のアイデンティティーについての答えは出ていた。
最後にシャドラク・リードさんにハリス大統領候補の誕生をどう思うか聞いてみた。「ジャマイカ系だからという意識はそれほど強くない。祖先の出身国にかかわらず、白人高齢男性ではなく、女性の有色人種が大統領候補となったことを歓迎したい」と声に熱がこもった。
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