世界が中国に住宅・不動産不況対策など経済方針の大転換を期待した中国共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)は結局、ニュース価値に乏しい結果に終わった。一方、政治的には注目すべき動きがあった。それを象徴するのが「2029」という新しい暗号である。

党トップの総書記、習近平(シー・ジンピン、71)率いる中央委員会が、コミュニケと決定全文で「改革の完成」について突如、今から5年後となる「2029年までに」と宣言したのだ。

「習近平」個人名言及は減少

だが、どういう状況になれば「改革」が完成するのか、まったく説明がない。そして、そもそも3中全会公式文書で連発した「中国式現代化」の究極の意味もはっきりしない。今回は300件を超える重要な改革提案があったという。

2019年10月1日、中国建国70年の軍事パレードに登場した多弾頭型ICBM「東風41」=新華社・共同

逆にいえば、29年段階でどんな政治・経済状況になっていても、習政権として「改革の完成」を宣言できる。これは万能の御旗だ。29年は新中国建国80年に当たり、10月1日には大々的な式典や軍事パレードも予想される。

だが、29年の状況は19年の建国70周年の明るい雰囲気とは全く違う可能性もある。5年前だった70周年の際、習政権は政治権力上、絶頂期を迎えようとしていた。近く経済・軍事両面で米国に追い着き、追い越す自信にあふれていた。

中国建国70年式典で北京の天安門上に並ぶ習近平国家主席㊧、江沢民元国家主席㊥、当時の李克強首相㊨(2019年10月1日)=ロイター

それから5年、風景は一変した。中国の経済・財政を支えてきた住宅・不動産産業のバブルが崩壊。当初、中国の「独り勝ち」が世界から注目された新型コロナウイルス対策は、蓋を開けてみれば結局、中国経済が世界で最も大きな打撃を受けた。

18日発表の3中全会コミュニケでは、習近平という個人名3文字と、その個人名を取り込んだ「習近平新時代中国特色社会主義思想」への言及が明らかに減っている。

23年2月開催の2中全会と比較すれば明確だ。当時は習の名が計9回登場し、「習近平新時代中国特色社会主義思想」の形の16文字も4回、書き込まれていた。今回の3中全会では個人名が6回。思想は16文字の形が1回だけで、習の名と一文の中でつながる新思想が添えられている。政治的な角度だけからみれば、気になる異変だ。

もう少し遡ると、個人名の盛り込みが最も多かった中央委全体会議のコミュニケは、21年11月の6中全会である。中国共産党結党から100周年式典を終え、習の権威が最高潮に達した時期だ。

「29年までに改革完成」は延命策か

単なる共産党の政治文書上の修辞ではある。それでも個人名の減少は、党内のなにがしかの雰囲気を反映している。経済状況は習にとって不利にみえる。そんな危機を打ち破ろうと、習サイドは別の形で新たな布石を打ったとの見方が出ている。

「このままでは27年(に予定する次期中国共産党大会)でトップ続投を狙う際、誇れる成果に乏しい。15年もの間、何をやってきたのか、という声が内部で出かねない。そこで(習政権は)あらかじめ、その2年先の29年に目標を置く先手を打った。『改革の完成』の期限が29年なら、27年に続投を実現しやすくなる」

中国政治の長年の内部観察者は、習サイドが政治文書の書きぶりで予防線を張ったと分析する。いわば巧妙な「延命策」という視点だ。

突如、打ち出された「29年の改革完成」について、全く別の解釈もある。こちらは国際情勢が大きく関係していて、極めて興味深い。それは、ずばり「米中デカップリング(分断)」への備えである、という。

「米中対立のなかで中国と西側世界とのデカップリングが一層進む最悪の事態に備えて、『自立自強』の中国経済を確立する最終期限を29年とした」。国際情勢に詳しい中国の研究者はこう指摘する。

確かに、これも「国家安全」を執拗に強調する習政権の責務といえる。米大統領のバイデンが大統領選から撤退宣言した今、対中強硬のトランプ政権が再登場する事態に備えなければならない。米中の激しい対立、貿易戦争は17年の前回トランプ政権の発足後、始まった。習には苦い思い出がある。

仮に来年、トランプ政権がスタートしても、4年間の任期が終わる年限は29年になる。習政権としては、まずはそこまで様々な改革のアクセルを踏み続ける。外部状況に左右されない自立した「自力更生の中国」を実現するのが目的だ。

米大統領時代のトランプ夫妻を貸し切り状態の北京・故宮で接待する習近平国家主席(右から2人目、2017年11月、中国国営中央テレビの映像から)

21日発表の3中全会決定の全文には、これを証明するかのような一文がある。「(中国が)自主的にコントロールできるサプライチェーン(供給網)を早急につくる。集積回路、(工作機械の)マザーマシン、医療機器、計測機器、基礎ソフト、工業用ソフト、先進材料など重点サプライチェーンを発展させる体制を強化する」

続々と「米中デカップリング対策」

かなり具体的だ。その次に「国家備蓄体制の整備加速」とまで付け加えている。トランプ政権が終わる29年まで高性能半導体、基本エネルギー、食糧の自給体制を整えながら、耐えきればよいのだ。

この「米中デカップリング対策」が完成すれば、台湾統一という習政権の大目標でも有利になると踏む。中国が万一、台湾全島に対する海上封鎖といった措置をとる場合でも、予想される米欧諸国の厳しい制裁への耐性ができる。庶民生活への影響も軽減できるという皮算用だ。

中国で増産される工作機械

一方、なお謎は残る。強調された「中国式現代化」を形づくる一連の「改革」が29年までに完成してしまうなら、論理的にもうやるべきことは残されていない。「その3年後となる32年の(第22回)共産党大会で(習は)第一線からの引退を視野に入れているのでは……」という臆測も出てきそうだ。

だが、ここにも言質を取られない工夫がある。「2035」という数字もまた3中全会の公式文書に盛り込んでいるのだ。「35年に現代化を基本的に実現する」という大方針は、17年共産党大会で打ち出した「習近平帝国の第1の暗号」だった。

習政権は経済政策のミス、失敗を決して認めることができない。建国の父である毛沢東でも、無理に成長を追った大躍進(1958〜62年)での政策失敗の責任をとって、国家主席の座から降りた前例がある。ましてや、それほどの権威はない習がミスを少しでも認めたなら、ここぞとばかりに巨大な圧力を受けかねない。

「国有資本をより大きく」と強調

皆が豊かになれる「共同富裕」や「国有資本・国有企業をより強く、優秀に、より大きく」。かつて示した基本方針は必ず貫徹する。遅れて発表された長文の3中全会決定全文でも、それは更に明確になった。

共産党が仕切る中国では、経済実態を知りたいなら、まず政治から語り始めなければならない。17年共産党大会を経て、習の政治的な地位、権威は文章表現上だけなら、「改革・開放」政策で国を豊かにしたかつての最高実力者、鄧小平の権威に肩を並べた、という解釈さえできるようになった。

「習近平」の個人名3文字が「新時代中国特色社会主義思想」の前置きとして共産党規約に盛り込まれ、2期10年までだった国家主席の任期制限を撤廃する18年の憲法改正につなげたからである。そして22年共産党大会では、最高指導部を習側近らで完全に固める人事などを通じて、「鄧小平超え」さえにじむ権力集中を実現した。

習とその周辺の意識としては、残るのは、建国の父、毛沢東と肩を並べることだけだった。習が考える理想の改革像である「中国式現代化」は、ソ連と距離をとり、米欧に急接近した鄧小平時代の「改革・開放」と方向性が異なる。毛沢東が重視した共同富裕、国有資本の重視は、その象徴だ。

中国内に残る毛沢東像

ところが、その意識は一般の共産党員や国民の認識と大きなギャップがある。庶民生活は目下、厳しい。そして鄧小平と、その後継者だった2人の党総書記経験者、江沢民(ジアン・ズォーミン)と胡錦濤(フー・ジンタオ)の時代を懐かしむ雰囲気も強まってきた。

習政権は今、経済不振で圧力を受ける内政と、米中分断が差し迫る外交・安全保障の両面でかつてない困難に直面している。それを象徴するのが、まさに「2029」という「習近平帝国の新暗号」である。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

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