軍事政権下にある西アフリカのマリで、十数万人の少数民族らが隣国モーリタニアに逃れ、過酷な難民生活を送っている。背景にはロシアの民間軍事会社「ワグネル」の進出に伴う紛争激化がある。長年、現地の少数民族トゥアレグを取材してきたジャーナリスト、デコート豊崎アリサさん(53)に現状を聞いた。(太田理英子)

◆国際機関の支援なし、気温50度近い砂漠で

難民キャンプでインタビューをするデコート豊崎アリサさん(左)=モーリタニア国内で(デコート豊崎アリサさん提供)

 フランス人と日本人の両親を持つデコートさんは、1997年に初めてアフリカ大陸北部のサハラ砂漠を訪れて以来、砂漠を拠点にするトゥアレグのキャラバンのドキュメンタリー撮影や取材活動をしてきた。「今、民族浄化の危機が迫っている」と訴える。  今年7月には国境近くに点在する難民キャンプを取材。木の棒と布で作ったテントの下に人々は身を寄せていた。昨年10月以降、北部から約12万人が逃げてきたといい、多くはトゥアレグを中心とした少数民族。8割は女性と子どもだ。  国境なき医師団を除き、国際機関の支援は見られない。砂漠地帯で気温は50度近い。「衛生環境が悪く感染病も広がっている」

◆ワグネルの進出で事態がさらに悪化

 トゥアレグは、マリやニジェールをまたぐサハラ砂漠の遊牧民だったが、1950~60年代にマリや周辺国が独立。マリでは政府の弾圧に対し、トゥアレグの組織が自治を求め反乱を繰り返した。2012年に独立を宣言したが、混乱に乗じてイスラム過激派組織も勢力を広げ、紛争の様相は複雑化した。  事態がさらに悪化したのは、2021年の軍事政権樹立。駐留仏軍が撤退し、代わってマリ政府に接近したのがロシアだった。ワグネルが進出し、軍事支援や情報工作を展開。2023年にはマリ軍とワグネルが「反テロ対策」としてトゥアレグの組織の拠点地域に侵攻。交戦が続き、トゥアレグや別の少数民族プルの人々も隣国に逃れたという。

簡素なテントの下で暮らす難民の女性と子ども=モーリタニア国内で(デコート豊崎アリサさん提供)

◆ロシアがアフリカに近づく狙いは

 ワグネルは2017年ごろからアフリカ諸国で現地政府への軍事協力、選挙介入や鉱物採掘などの活動を展開したが、2023年に実質解体された。ロシアの準軍事組織「アフリカ部隊」などに吸収され、従来の活動はロシア政府主導で強化。現在マリ軍と活動しているのもアフリカ部隊とみられる。  ロシアがウクライナ侵攻で欧米と対立する中、アフリカに近づく狙いは何か。  日本エネルギー経済研究所中東研究センターの小林周主任研究員は「ワグネルが築いた現地政府との関係や開発利権を生かして収益源にすると同時に、国連や欧米の影響力、存在感を低下させている」とみる。

◆かつてないほど残酷な虐殺が

 政府軍とアフリカ部隊による攻撃に加え、過激派組織のテロなど、住民への脅威は増大している。

簡素なテントが並ぶモーリタニア・マリ国境近くの難民キャンプ=モーリタニア国内で(デコート豊崎アリサさん提供)

 デコートさんは「かつてないほど残酷な手段で虐殺が起きている」と話す。キャンプにいた50代女性は、親族が切り刻まれたほか、生きた状態で井戸に投げ込まれた人もいたと証言。「マリ軍などは国境付近に集中し、逃げることさえ危険」と語ったという。  現地に入る報道機関はなく、デコートさんは国際社会に現状が伝わらないことに危機感を募らせる。「ウクライナやパレスチナ自治区ガザと同じことが起きている。マリの実態を知ってもらい、無差別な虐殺を許さない世論を広げたい」 

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