【ワシントン=鈴木龍司】日本製鉄(日鉄)による、アメリカの鉄鋼大手USスチールの買収を巡り、複数の欧米メディアは4日、バイデン大統領が買収を阻止する意向だと報じた。大統領の権限で中止命令を出すとみられる。買収は11月の大統領選を前に政治問題化しており、現職大統領の異例の介入によって、日鉄は計画の再検討を迫られる可能性がある。

◆「差し止め準備」報道で株価下落

バイデン大統領(2022年撮影)

 日鉄による買収計画は、米国政府の対米外国投資委員会(CFIUS)が安全保障上の懸念の有無を審査している。英紙フィナンシャル・タイムズはCFIUSが日鉄に「安全保障上の懸念」を通知したと指摘。バイデン氏が近く買収阻止を決断する見通しだと報じ、米紙ワシントン・ポストもバイデン氏がその発表準備を進めていると伝えた。  米大統領はCFIUSが外国企業による買収を承認しない場合、安全保障上のリスクを回避する例外的な措置として中止命令を出すことができる。命令後に覆ったケースは少なく、その場合、日鉄は従来の方法で買収手続きを進めることが難しくなる。一連の報道を受け、USスチールの株価は一時、約20%下落した。

◆大統領選を左右するラストベルトの争奪戦

民主党大統領候補の指名受諾演説をするハリス氏(8月22日、鈴木龍司撮影)

 カービー大統領補佐官は4日の会見で、現時点でCFIUSの審査結果は受理していないと説明した上で、バイデン氏が「米国の鉄鋼会社は米国人が所有するべきだ」との立場を取っていることを強調した。

共和党大統領候補の指名受諾演説に臨むトランプ氏(7月18日、鈴木龍司撮影) 

 日鉄による買収には、民主党の支持基盤の全米鉄鋼労働組合(USW)が反対している。バイデン氏に代わって民主党の大統領候補となったハリス副大統領も2日、USスチール本社とUSW本部がある東部ペンシルベニア州ピッツバーグで「米国の鉄鋼企業であり続けるべきだ」と、買収反対の姿勢を打ち出した。  共和党のトランプ氏も買収阻止の意向を表明。同州は大統領選の行方を左右する、製造業が衰退した「ラストベルト(さびた工業地帯)」の激戦州の一つで、ハリス、トランプ両氏の支持率は拮抗(きっこう)。労組票の争奪戦が激しくなっている。   ◇  ◇

◆日鉄は買収後のアメリカ配慮を強調

 日本製鉄とUSスチールは、企業買収が政治に激しく翻弄(ほんろう)されることに困惑し、日本政府は日米関係への悪影響を懸念している。  日鉄は4日、買収は「米国の産業基盤とサプライチェーン(供給網)をより強靱化(きょうじんか)し、米国の国家安全保障を強化すると確信している」と表明。「国家の支援を受けている中国鉄鋼メーカーに対する競争力を高める」とも訴えた。買収によって日米間の経済安全保障協力はむしろ強化されるとの主張だ。

日本製鉄の本社

 買収後も取締役の過半数を米国籍にするなど、米側に配慮した企業統治方針も合わせて公表。「買収は他のどの選択肢よりもラストベルトを再活性化させ、米国の労働者、地域社会に利益をもたらすと確信している」とも強調した。

◆ポスト紙「阻止は対日関係を後退させる」

 日鉄による買収で経営再建を図りたいUSスチールも4日、声明で、買収が失敗に終わった場合は「数千人の組合員の雇用が危険にさらされ、競争力を損なって本社の移転を迫られる可能性がある」と訴え、政治介入をけん制した。  林芳正官房長官は5日の記者会見で「コメントを差し控える」としたものの「日米相互の投資の拡大を含めた経済関係の一層の強化、経済安保分野の協力は互いに不可欠と認識している」と指摘。ワシントン・ポスト紙はバイデン政権の買収阻止は「日本との関係を後退させる」と報じた。(ワシントン・鈴木龍司) 

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