呉邦国氏は上海の電子関連の工場や企業の幹部を務めたあと、1991年に上海市トップの書記に就任するなど上海での経歴が長く、江沢民元国家主席を中心とした「上海閥」と呼ばれる勢力の1人として知られました。
2002年の党大会では胡錦涛国家主席のもとで最高指導部の政治局常務委員に選出され、共産党の序列2位となり、2003年、全人代=全国人民代表大会の委員長に就任しました。
その年日本を訪れた際には当時の小泉総理大臣と会談しましたが、その後の日中関係は2005年に起きた反日デモや沖縄県の尖閣諸島をめぐる対立で一進一退を繰り返してきました。
呉氏は2013年に引退し、政治の第一線から退いていましたが、国営新華社通信は、8日、病気のため死去したと伝えました。83歳でした。
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