5日投開票のアメリカ大統領選は、民主党のカマラ・ハリス副大統領と共和党のドナルド・トランプ前大統領の接戦が伝えられる。誹謗(ひぼう)中傷も相次ぎ、どちらが勝っても米国内の分断は避けられないもようだ。新大統領の姿勢は、日本の経済・外交政策や、紛争が続く世界の平和構築にも影響をもたらす。専門家と混迷の今後を読み解いた。(宮畑譲、西田直晃)

◆「政治のことを話すのに身の危険を感じる」

 「投票所には、警官がいて、防弾ガラスも設置されている。今回、投票日はみんな相当ナーバスになる。暴動が起きるかもしれないと、投開票後1週間は外に出ないと言う知人もいる」  「こちら特報部」のオンライン取材に対し、米ニューヨーク在住の投資家・山崎美未氏が現地時間の4日夜、米国内の異様な雰囲気を語った。

暴動の発生に備えて建物を木の板で覆う作業員=1日、米ワシントンのオフィス街で(鈴木龍司撮影)

 これまでは選挙が近づくと、各家庭の前に支持する候補を書いた看板などが置かれるのが恒例だった。今回はその数が非常に少ないという。「前回選挙後、トランプ氏の支持者が議事堂に乱入する事件もあった。政治のことを話すのに身の危険を感じる。みんな支持する候補者や政党を隠すように過ごしている」  現に不穏な事件も起きている。先月、オレゴン州とワシントン州では、期日前投票用に設置された投票箱が燃え、用紙数百枚が焼失。発火装置のようなものが見つかっており、放火とみられている。

◆ナゾの「うんこ像」現る

 ワシントンではこんなこともあった。連邦議会議事堂に面する緑地帯に、バスケットボール大のうんこ像が載った机のレプリカが設置された。2021年1月の議会襲撃事件と事件を支持するトランプ氏への皮肉を込めて、何者かが置いたとみられている。

ワシントンDCの住民は、議事堂前に現れた「うんこ像」に困惑している。作成者は不明だが、4年前のトランプ氏支持者らによる連邦議会議事堂への暴動に対する風刺が込められたメッセージが付けられている(ロイター通信公式Xのスクリーンショット)

 舌戦もヒートアップ。トランプ氏を支持するコメディアンが、カリブ海の米自治領プエルトリコを「ごみの島」と呼び、バイデン大統領はトランプ氏の支持者を「ごみ」と表現したと報じられた。接戦州の一つ、ペンシルベニア州で増加する移民にプエルトリコ系が多いことが背景にある。この問題を巡り、両陣営とも火消しに追われた。

◆1月の大統領就任式まで予断を許さない

 一方で、深まる分断を和らげようと活動する団体もある。「ブレイバー・エンゼルス」は2016年の選挙後、支持政党に関係なく、市民が政治的な意見を交換する場の提供を対面やネットで続けている。先の山崎氏は「政治的な立場は違っても、互いのことを知り、分断の融和を図ろうとしている人たちはいる」と希望を見いだす。  とはいえ、選挙後の遺恨が不安になるほどの激戦だ。アメリカ政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」の分析によると、3日現在の主要世論調査の平均支持率はトランプ氏が48.4%、ハリス氏が48.3%で、ほとんど差がない。  「どちらが勝ってもアメリカ社会は混乱し、不安定な状態が続くだろう」。国際ジャーナリストの春名幹男氏はこう予測する。特にトランプ氏側は敗北を受け入れないことを示唆し、当選後も官僚を大幅に入れ替えるなど大胆な政策を実施する構えを見せている。春名氏は「トランプ氏の支持者もどんな動きをするか予測できない。1月の大統領就任式まで何が起きるのか予断を許さない」と話す。

◆全輸入品に関税、化石燃料へ回帰…対米投資への影響は

 ハリス氏が勝利すれば、バイデン政権の方針をおおむね引き継ぐとみられるが、トランプ氏ならどうか。

バイデン大統領とともに登壇するハリス副大統領(中央)=8月15日、米東部メリーランド州ラーゴで開かれた集会で(浅井俊典撮影)

 日本経済に直接的な影響を及ぼしそうなのが、一貫して掲げる国内産業の保護主義政策の強化。「全ての輸入品に10〜20%の関税を課す」と強調している。  第一生命経済研究所の星野卓也主席エコノミストは「前回の大統領時代と同じように、関税を嫌がれば、米国内に企業の製造拠点を移すように迫るのがトランプ氏の狙いだ」と述べる。「化石燃料に回帰する方針も示しており、環境政策や電気自動車(EV)シフトが後退することも十分あり得る。対欧州連合(EU)の姿勢も分かりづらく、先が読みづらいので日本を含む企業は対米投資にちゅうちょするのではないか」  石油や天然ガスの生産を促進する姿勢については、「世界市場に影響を与え、価格の低下につながる可能性もある」と解説しつつ、強権的な外交姿勢で中東諸国との関係が悪化すると、「価格上昇を招いてしまうリスクがある」とも。現状は上振れ、下振れの双方が見込まれるという。

◆外交は取引、脅しが最大の武器…日米安保にも影響

 トランプ氏の関税政策について、明治大の海野素央教授(異文化コミュニケーション論)は「脅しを最大の武器と捉えている。米国内に企業の製造拠点が設けられれば、自身を応援する白人の雇用が増え、支持層に評価されるという好循環が念頭にあるのだろう」と推し量る。

共和党大統領候補の指名受諾演説に臨んだ時のトランプ氏=7月18日、米ウィスコンシン州ミルウォーキーで(鈴木龍司撮影)

 外交・安全保障政策でも著しい変化が予想される。 バイデン政権はこれまで、日米豪印の「クアッド」や米英豪の「AUKUS(オーカス)」をはじめ、日米韓、日米フィリピンといった多国間の枠組みに重きを置いてきた。  海野氏は「外交をディール(取引)と捉え、1対1での脅しすかしを駆使するトランプ氏は、多国間の関係強化に興味を示さないかもしれない。バイデン氏の成果を葬り去りたい思惑もあるだろう」と話し、「中国ににらみを利かせた体制が崩れるかもしれない。日本の安全保障環境にも影響が出てしまう」と続ける。

◆「米国と一緒に世界で孤立しかねない」

 石破茂首相が示す日米地位協定の改定はどうか。海野氏は「トランプ氏の強固な支持層の一つに退役軍人やその家族がいる。改定には反対の立場で、日本にとってはハードルが高くなる。その点ではカリフォルニア州の司法長官を務め、性暴力事件と向き合ってきたハリス氏のほうが理解を得られやすい」と見通す。  ウクライナや北大西洋条約機構(NATO)との連携を念頭に国際協調主義を打ち出すハリス氏に対し、米国第一主義のトランプ氏は同盟国に負担増を迫り、独自外交を展開する可能性があるという。

ハリス氏㊧とトランプ氏(資料写真)

 同志社大の三牧聖子准教授(米国政治外交)は「二つの大きな戦争でバイデン氏の外交は完全に行き詰まり、共和、民主双方の有権者から不信を買った。移民問題やインフレ対策に期待できるということで、トランプ氏の外交が再び注目を集めているのだろう」と現状をみる。  とはいえ、トランプ氏は「親イスラエル路線」に完全に傾いている。三牧氏は「米国の民主党支持者はさらに失望する。ロシアの侵略を非難し、ウクライナの権利を擁護しても、(パレスチナ自治区)ガザ問題では何の手も打てていないからだ」と強調。存在感を高めるグローバルサウスなどから批判が出ており、「『米国は信用できない』という風潮もムスリム人口の多い国で広がっている。国際社会の目は変わってきている。日本もいずれ踏み絵を迫られる」と語る。  「難しい局面だ。堅持する日米関係と国際協調の原則の間で引き裂かれ、選択によっては米国と一緒に世界で孤立しかねない」

◆デスクメモ

 投票箱の放火事件、投票所の窓に防弾フィルム。大統領選に伴うここ数日の厳戒態勢を見るにつけ、民主主義が揺さぶられていると感じる。新自由主義やアメリカ・ファースト。米国の価値観は日本でも追って反映されてきた。今回の選挙が映す社会の分断もいずれ持ち込まれるのか。(恭) 

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。