日本被団協が受賞したノーベル平和賞の授賞式が、日本時間の12月10日午後9時からノルウェーのオスロで行われます。授賞式には被団協の代表理事で、仙台市在住の木村緋紗子さんも出席し、自らの思いを伝える予定です。

木村緋紗子さん
「とにかく語り部をして世界に広げたい。こういうふうな核兵器を使うとこのような状態になるんだっていうことを私は訴えたいと思います」

12月8日、授賞式出席に向けて羽田空港を発つ前、木村緋紗子さんはこのように語りました。仙台市在住で、日本被団協の代表理事を務めています。広島県出身の木村さんは8歳のとき、爆心地から1.6キロの祖父の家で被爆しました。

木村緋紗子さん(語り部として講演)
「私はじゃあどこにいたかというと家の中です。家の中にいましたけれど崩壊しました。それくらい爆風がすごかったんです」

自らの被爆体験を、あれから79年がたった今も語り部として伝え続けています。87歳の木村さんは、足には障がいを抱えていて、がんや骨粗しょう症などで複数回にわたる手術を受けています。先月1日にも手術を受けたそうです。そんな体を押して木村さんが活動を続けるのには、原爆で犠牲となった祖父への思いがありました。

木村緋紗子さん
「熱線にあたって膿んでしまって、そして膿が出てくる。そこにハエがたかってウジがわく。そのウジ虫を一生懸命これ取っているんです」

この絵は、木村さんの体験を聞いた広島の高校生が描いたもの。全身にやけどを負い被爆から1週間苦しんで亡くなった木村さんの祖父と、その看病をする木村さんといとこの姿です。

木村緋紗子さん
「私が何を思ったかっていうのは、もう早く祖父死んでくれって私思ったんです。私がそういうことを考えたということを、申し訳ない、またあの時に亡くなった方たちに申し訳ない、という気持ちで私は今87歳ですけれども、一生懸命頑張っているわけです」

当時、図らずも抱いてしまった祖父への負の感情を悔やみ、次の世代へ伝える活動を続けてきた木村さん。ノーベル平和賞の受賞が発表された時、木村さんは、自宅で報道陣のインタビューにこう答えました。

木村緋紗子さん
「ノーベル賞というのは昔からノミネートされているんですよ、被団協は。それでもやはりいつももらっていない。がっかりさせられた。何年、本当に何十年、ずっとそうだったんです」

原爆投下から60年の2005年にノーベル平和賞の候補として名前が挙がってから19年。その経緯を踏まえ、この日の木村さんが語ったのは受賞を素直には喜べないという気持ちでした。

木村緋紗子さん
「先人たちのことを思うと喜べないよね。もっと本当早く、やっぱりほしかった。残念。でもよかったっていうことです。それしか言えないです」

複雑な心境を語った木村さん。この時点では授賞式への参加を決めかねていました。受賞の発表から1カ月あまり経った先月22日。木村さんは「核兵器廃絶ネットワークみやぎ」の集会に出席し、その思いを参加者に語りました。

木村緋紗子さん
「亡くなられた方たちの思いを抱いて、12月10日に開催されるオスロでの授賞式に私も参加いたします。いろいろと迷いましたけれど、私が行かなければ誰が行くというふうな感じで、もう最後はそのように決めまして」

受賞の発表から自分の気持ちを見つめ直し、式典への参加を決めました。決意には、自らに課せられた使命のようなものもあったといいます。

木村緋紗子さん
「やはり先人たちを背負って、そして私が行ってこなくてはダメだと。私はそういうふうな決意でこれから行ってきます。あの時はすごく自分の体の具合も悪かったし、先人たちの顔ばかり浮かんできてたんですよ。いや、やはり悔しがっているのかなと思ったから、ああいう言葉が出たんですけれど。これからは前向きに、被団協の被爆者たちと一緒になって頑張ってやっていきたいと思います」

木村さんとともに県内で活動するメンバーも木村さんの背中をおします。

元被団協会員
「ずっと木村さんも仲間として一緒にやってきたもんですからね、ぜひ行っていただいて、核兵器廃絶のためにね、しっかり訴えてきていただきたいと思っています」

核兵器廃絶ネットワークみやぎのメンバー
「一緒に署名活動をしていた被爆者の方々にも、もう亡くなられた方もいて、世界が被爆者の声に耳を傾けて、世界中から核兵器をなくそうってなっていけばいいと思いました」

そうして迎えた今月7日、仙台を出発する日の朝。

木村緋紗子さん
「きょう5時に目が覚めたんです。その時に、私の古いお友達がなんかみんな私に寄ってきちゃったんです」

ともに活動をしてきて、先立っていった仲間たちに起こされたといいます。

木村緋紗子さん
「変なこと言うようだけれどお友達が私のところに寄ってきた。そのうれしさしかないんです。だから、連れていくよっていう感じ。核兵器廃絶と戦争をやめましょうということを伝えてきます」

原爆投下から79年。ともに戦ってきた仲間たちの思いも連れて、木村さんはノーベル平和賞の授賞式に臨みます。

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