子供には声を上げ、声を尊重され、意思決定に参加する権利がある-。「意見表明権」といわれるこうした考えを前提とした新制度が4月、虐待を受けるなどして児童相談所と接点がある子供らを対象に始まった。意見表明権を重視する国連の「子供の権利条約」を日本が批准して今年で30年。実現に向けて動き出した背景には「子供の声が軽視されている」との危機感もある。
「言いたいことがあれば何でも言っていいよ。それは権利だから」
子供の代弁者(アドボケイト)として活動するNPO法人「子どもアドボカシーセンターOSAKA」(堺市)代表理事の奥村仁美さん(63)は、自治体の委託を受けて定期的に一時保護所や児童養護施設などを訪問し、こう呼びかける。子供の声は置かれた立場への戸惑いや生活面の要望などさまざまだ。
「いつ家に帰れるの」「不安になるから夜も電気を消さないでほしい」
「保護してもらった」との遠慮からか、普段は口に出せなかった言葉が漏れる。奥村さんは大人目線の「正しいこと」は言わない。子供に寄り添いながら、言葉の根底にある心の声を言語化するのを手助けし、望むなら職員側にただ伝える。
行政とは別の第三者が子供の〝小さな声〟を届ける「アドボカシー制度」の整備は、意見表明等支援事業として、4月施行の改正児童福祉法で児相設置自治体の努力義務となった。こども家庭庁によると、都道府県や政令指定都市など78自治体のうち20超が昨年までにモデル事業を始めており、拡大が期待される。
また改正法は、児相が一時保護や施設などへの入所措置を行ったり、解除したりする場合に、当事者である子供の意見を聞かなければならないとも定めた。
法改正の背景には、SOSを出したのに関係機関が重視せず、虐待死した子供らの存在がある。厚生労働省の調査では、意見を聞かれないまま支援方針が決まったなどとして、社会的養護のもとにいる子供が不信感や声を上げることへの諦めを抱いたケースが少なくないことも分かった。
児相は子供の「最善の利益」のために動くが、大人が考える「最善」と子供の思いは時に食い違う。それでもまずは、思いを最大限受け止めるべきだ-。アドボケイトを導入することで、児相側がそうした自覚を持つようになった例もある。
兵庫県弁護士会で子供のアドボケイトとして活動し、児相内部にも関わる曽我智史弁護士(45)によると、令和3年の事業開始以降、児相が子供の支援方針を決める会議で、職員から「子供の意見はどうなっているのか」という発言が以前よりもよく出るようになったという。同県明石市では会議にアドボケイトが出席し、直接子供の言葉や思いを伝えることも認められた。
結果的に望み通りにならなかったとしても、大人がその理由について説明を尽くせば、子供は「声を受け止めてもらえた」と感じる。こうした体験の積み重ねこそが子供を力づけるといい、曽我弁護士は「新制度が形だけにならないよう、大人たちが意見表明権の本質を理解することが重要だ」と話す。
政策決定、学校現場…社会の意識は変わるか
意見表明権は全ての子供にあるが、とりわけ声を上げづらい子供が多い児童福祉の分野で議論が先行した。昨年4月にはこども家庭庁が発足し、社会全体で尊重しようとする動きが加速している。
子供の権利条約を踏まえ、同月施行された「こども基本法」。意見表明権を基本理念にうたい、国や自治体が子供に関わる施策を策定・実施・評価する際に、当事者の意見を反映するための措置を行うよう義務づけた。
同庁が今年3月にまとめたガイドラインは、子供の意見を聞く方法として、審議会委員への子供や若者の登用や、子供らによる会議体の設置、ワークショップといった方法を例示。こうした場で安心して意見を言えるよう手伝う「ファシリテーター」を希望自治体に派遣する事業も始めた。
同庁は昨年11月から、山梨県や滋賀県近江八幡市など4自治体にファシリテーターを派遣。近江八幡市では児童クラブの運営について小学生が話し合う場が設けられ、市職員らがファシリテーターのノウハウを学んだ。
学校現場でも、令和4年12月に改訂された教員用の手引書「生徒指導提要」が、教職員には意見表明権などへの理解が「不可欠」と指摘。校則についても見直しが絶えず必要とした上で、その過程に児童生徒自身が参加することは「教育的意義を有する」と強調している。(西山瑞穂)
「言いなり」ではなく傾聴と対話 熊本学園大の堀正嗣教授(子どもアドボカシー)
社会は、子供に関わる重要なことを保護者や児童相談所などの大人が決める仕組みになっている。その際に意見や希望を聞かれ、尊重され、決定の際にどのように考慮したかをフィードバックされる権利が意見表明権だ。意見の尊重とは子供の「言いなり」ということではなく、傾聴と対話のプロセスだといえる。
子供が声を上げることは難しい。上げられたとしても非常に小さく、届きにくく、無視されがちだ。儒教的な「長幼(ちょうよう)の序」が根強い日本では「子供は黙って大人に従え」という風潮もある。そんな状況に置かれた子供にとり、意見表明を支援し、権利を守ろうとする「アドボカシー」は不可欠な活動になる。
こども基本法やこども大綱、改正児童福祉法は画期的で、大きな動きとして評価できる。今後は「子供主体」の理念を現場で実践する仕組みづくりや人材育成が重要になる。
声を尊重すれば、子供はどう変わるのか。アドボカシーが広がることで、大人たちが重要性を体感的に理解する機会が増えるはずだ。それは、子供の権利擁護を当たり前とする文化を築いていくチャンスにもなる。
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