「黄金の船」(2018年発表)。大きなスカートの骨組みは中国の竹細工職人が手掛けた(写真は全て香港の美術館「M+」で撮影)

大きなドレスを作りたい――。文化大革命のさなか、中国に生まれた郭培(グオ・ペイ)さん。幼少期からの夢を追い続け、ファッション界の頂点であるパリコレにも進出した。中国の改革開放期が生んだ、ファッションデザイナー第1世代の代表格だ。現在、香港の美術館「M+(エムプラス)」で大規模個展も開催。東西の伝統文化を独自の美意識で融合・発展させた華麗なドレスが来場者を魅了している。

繊細でゴージャスなドレスが並ぶ展覧会「Guo Pei: Fashioning Imagination」(2025年4月6日まで)。ひときわ目立つのがオルゴール人形のようにゆっくりと回転する台に展示された「黄金の船」だ。18年に発表したグオさんのコレクション「Elysium(楽園)」の一つで、名前の通り、金色のボートを逆さまにしたような巨大なスカートが上半身を支えている。

ドレスの骨組みは中国安徽省の竹細工職人が竹を組み上げて作った。その上を葉脈の一本一本まで表現したような細かい草花の刺しゅうが覆う。取り付けられた花や小枝のオブジェは生命が誕生し、大輪の花を咲かせ、朽ち果て、また芽吹くさまを表現している。円環する生命の輝きが1着のドレスに凝縮されている。

「中国の伝統工芸を使いながら、死後の楽園の風景をファッションで表現している」。エムプラスのデザインおよび建築部門の主任学芸員で、展覧会を担当した横山いくこさんは語る。画家が絵で、彫刻家が彫刻で独自の表現を模索するように、グオさんはファッションで自身の思想を具現化する。分野は違えど、同じアーティストというわけだ。

ファッションデザイナーのグオ・ペイさん 。文化大革命下の中国に育った

グオさんは1967年北京生まれ。66年に始まり、77年に「終結宣言」が出された文革期に幼少期を過ごした。祖母の持っていた昔の中国の刺しゅうに憧れ「大きなドレスを作りたい」とファッション業界で働くことを夢見たが、周りは誰もが人民服を着ていた時代だ。グオさんが82年に学校でファッションデザインを学び始めた時、母親に「ファッションにデザインなんて必要なの?」と言われたという。

86年の卒業後、中国の大手服飾メーカーに就職してデザインの仕事に携わる。その会社の「ほとんど全ての洋服デザインに関わった」とグオさんは語る。しかし次第に、大量生産されるファッションに限界を感じ始める。「ベストセラー商品はデザイナーとして私をひきつけるデザインではなかった。反対に私が好きなデザインは必ずしも好調な売れ行きにはならなかった」

97年に独立して、北京に自身のスタジオ兼アトリエ「ローズ・スタジオ」を開いた。2015年にはパリにもオフィスを構え、主に注文を受けて衣服を仕立てるオートクチュールを手掛けてきた。

デザイナーとしてキャリアを歩み始めた当初、複雑な刺しゅうの仕方など全く分からなかった。文革前の中国に存在していた伝統的な刺しゅうを知る職人を探し歩き、技法を学んだ。職人を雇い、スタッフを育てた。現在では500人ほどの職人を抱えている。大きなドレスの作り方も独学で学び、必要な技術を持っている人を探した。

「Samsara」コレクション(2006年)の「大金」では大きなドレスを作る夢を実現した

こうして、ゆっくりだが着実なステップを積み重ね、06年に最初のコレクション「Samsara」を発表した。サンスクリット語で「輪廻(りんね)」を意味する同コレクションの最後に登場したドレスが「大金」だ。29枚の縦型パネルを組み合わせた長さ3.5メートルを超える巨大ドレスで、各パネルにインドの金糸でハスの花が一つ一つ刺しゅうされている。

2年がかりで制作された同作品でグオさんは、大きなドレスを作るという子供時代の夢を一つかなえた。「20年切望し、20年待ち、20年かかった(私の情熱の)噴出だった。あれが私の人生だった」(グオさん)

「大金」はハスの花のモチーフがインドの金糸で刺しゅうされている

急激な中国の経済発展でファッション産業には追い風が吹いていた。グオさんのドレスは評判を呼び、08年の北京五輪の閉会式で歌手の宋祖英さんが着用したほか、中国国営中央テレビ(CCTV)が主催する毎年恒例の春節ガラの衣装も手掛けるようになった。

米メトロポリタン美術館のイベント「メットガラ」で人気歌手リアーナさんがグオさんの重厚なドレスを着た15年、その名は中国のみならず世界にとどろいた。翌年にはパリのオートクチュールコレクションに進出し、アジアを代表するデザイナーの一人と目されるようになった。

グオさんのデザインの特徴は、東洋らしさを随所に取り入れつつ、西洋らしいドレスにまとめ上げていることだろう。たとえば「東宮」(19年)。横山さんによると、大きく盛り上がった両肩のデザインはモンゴルの伝統衣装に着想している。中央の白い布地は京都の織物工房、民谷螺鈿(らでん)のもの。伝統工芸である螺鈿を布で表現しており、上品な光沢を持つ。昇る龍や鯉(こい)のモチーフがびっしりと縫い込まれた両サイドのにぎやかさとの対比も印象的だ。

「東宮」(2019年)はモンゴルの伝統衣装のモチーフと日本の「民谷螺鈿」を取り入れた

こうしたデザインは中国の伝統的なものなのかという批判もしばしばあるという。だが横山さんは「彼女は中国の伝統工芸を再発見し、復興したが、必ずしもその変わらぬ担い手ではない。伝統的な技法を受け継ぎ、自身の自由な発想で大胆に改変し、取り入れる。むしろ革新者だ」と指摘する。

グオさんは今、パリコレから距離を置き、北京のスタジオを軸にじっくりと制作に打ち込む日々だ。オペラなど舞台衣装に強い関心を持ち、創作の場を広げたいのだという。きっと今も子供のように真っすぐに、作りたい物に向き合っているのだろう。

岩本文枝

竹邨章撮影

[NIKKEI The STYLE 2024年12月1日付]

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