男子400m日本記録(44秒77)保持者の佐藤拳太郎(29、富士通)が、パリ五輪決勝につながるシーズン初戦をイメージしている。
ゴールデングランプリ(以下GGP)はワールドアスレティックスコンチネンタルツアーの中でも、14大会のみに与えられた「ゴールド」ランクの競技会。今年は東京五輪会場だった国立競技場で5月19日に開催される。
大会前日の記者会見席上では、佐藤は具体的な目標記録は明言しなかった。昨年のシーズンの流れを見ると、夏場に記録が上がって行く。GGPで44秒台を出せば、パリ五輪決勝が見えてくる。
局面毎の動きを明確にすることで日本新を出した佐藤拳
7レーンに入る予定だったライバルで、44秒88(日本歴代3位)を持つ佐藤風雅(27、ミズノ)が欠場となった。佐藤風が走れば前半200mを21秒0~3台の、世界トップレベルのスピードで入ることが予測できた。5レーンの佐藤拳は、前を走る佐藤風を目標にしやすかっただろう。だが佐藤拳の前(外側のレーン)を走るのは、6レーンの自己記録45秒18のテオ・アンダン(24、フランス)や、8レーンの自己記録45秒07のカリンガ・ヘマ・クマラゲ(31、スリランカ)ら外国勢になった。レベル差はない選手たちだが、200m通過タイムを予測するのは難しい。
だが今の佐藤拳は、周りのスピードを参考にしなくてもいいペース感覚を身につけている。そのペース感覚は、局面毎の走りの技術に裏付けられている。大会前日の記者会見で次のように説明した。
「400mをいくつかの区間に分けて、この区間まではこういう動きをする、というのを全て作り上げています」
局面毎にどんな動きが最適かを、大学院でとことん研究した。世界トップ選手のデータや映像を分析し、練習も必ず動画を撮影し、自身の感覚と照合した。練習で重視したのはタイムではなく、研究成果に則した動きができているかどうか。動きが崩れて修正できない状態なら、その日の練習は中止することもあった。
「まずは第1区間でしっかり加速に乗り、次の区間でそのスピードを維持し、そして200m過ぎからまた再加速、というイメージで走れれば記録も出てくると思っています」
第1区間はスタートからおおよそ100m。第2区間がバックストレートで200mまで。佐藤拳が昨年の世界陸上ブダペスト予選で44秒77の日本記録を出した時、200mを21秒71で通過していた。学生時代から佐藤拳を指導してきた城西大の千葉佳裕監督は、「44秒台前半を狙うなら21秒5前後の通過」がモデルタイムになるという。200mから“再加速”と佐藤拳は話したが、これは400m選手特有の言葉の使い方で、実際の300mまでのスピードは落ちる。しかし選手にとっては力の入れ加減を変える必要があり、“再加速”というイメージで走る。他の選手の前半の入り方にもよるが、今回のメンバーで200mをトップ通過すれば、21秒5前後の速い入りとなっている可能性がある。
国立競技場で日本人2人目の44秒台が出るか?
だが今回のGGPで44秒台前半まで狙うのは難しいかもしれない。
佐藤拳は3月1日の世界室内(英国グラスゴー)を、現地入りした後にハムストリング(大腿部裏)の違和感が生じて欠場した。昨年すでにパリ五輪標準記録(45秒00)を破っていることもあり、無理をする必要はなかった。
帰国後2週間ほど強度の高い練習はできなかったが、4月7日の200mは20秒81と、自己記録の20秒70と大差ないタイムで走った。しかし個人の400mは走らず、5月4~5日の世界リレー選手権(バハマ)で4×400mリレーの1走を3本走った。区間タイムは初日の男子4×400mリレー(Olympic Qualifying Round 1)が45秒66(主催者発表。以下同)、2日目の混合4×400mリレー(Olympic Qualifying Round 2)が45秒77、男子4×400mリレー決勝は3時間後ということもあり46秒16だった。1走の区間タイムは個人の400mより若干遅くなるが、それを差し引いてもまだ、昨年7月のアジア選手権(45秒00で優勝)、世界陸上ブダペスト(予選44秒77、準決勝44秒99)の頃のコンディションまで上がっていない。
千葉監督は「世界リレーの45秒66は、スティーブン・ガードナー(バハマ。21年東京五輪金メダル。自己記録43秒48)と0.69秒しか差がなかった。悪くないと思う」と評価したが、「GGPでは44秒が出ればいい」と過剰な期待はしていない。200m通過も22秒前後となる可能性がある。順位的には外側のレーンの外国勢から少し後れる展開になるかもしれない。
レース当日の自身の体調で目指すタイムをイメージし、練習でのタイムや走りの感覚などを総合的に判断して局面毎の走り方を決めていく。佐藤拳は前日会見で「400mは短距離種目の中では戦略性が高いので、見る人はフィニッシュラインまで各選手の色々な戦略が楽しめる」と話した。最後の100mは余力を振り絞る走りになるが、200m、300mまでは各選手の思惑が走りに現れる。
佐藤拳の昨年5月のタイムは、5月3日の静岡国際の45秒31(優勝)だった。その後木南記念、GGPと3連戦し、GGPは45秒75の5位とタイムを落とした。今季は前述のようにGGPまで400m個人レースには出場していない。それがどうパフォーマンスに影響するか。
読めない部分もあるが、国立競技場で44秒台を出せば、91年に44秒78の日本記録を出した高野進以来の快挙となる。高野はその年の世界陸上東京大会と、翌年のバルセロナ五輪で決勝に進出した日本短距離界のレジェンドだ。
佐藤拳自身にとっても44秒台なら、昨年5月のタイムを0.3秒以上上回る。夏には44秒台中盤を出す可能性が大きくなる、と言っていい。近年の世界陸上や五輪を見ても、44秒台中盤を準決勝で出せば決勝進出が可能になる。GGPでの44秒台は、佐藤拳にとって大きな意味を持つ記録である。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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