北口榛花(26、JAL)がゴールデングランプリ(以下GGP)でも最終6投目に逆転劇を演じて見せた。
GGPはワールドアスレティックスコンチネンタルツアーの中でも、14大会のみに与えられた「ゴールド」ランクの競技会。今年は東京五輪会場だった国立競技場で5月19日に開催された。女子やり投は金メダルの北口、銀メダルのフロル・デニス・ルイス・ウルタド(33、コロンビア)、銅メダルのマッケンジー・リトル(27、豪州)と、昨年8月の世界陸上ブダペスト大会のメダリスト3人が対決。北口が最終の6回目に63m45を投げ、1週間前に今季世界最高記録を投げているウルタドを逆転して優勝した。
北口の強さの源である柔軟性が、今回の逆転劇にも大きく関わっていた。
10連勝中8試合で6投目が最高記録
メダリスト対決が盛り上がったのは5投目からだった。4投目までは昨年2位のトリ・ピーターズ(30、ニュージーランド)が61m16でリードしていたが、5投目に試技順が6人目のウルタドが62m06を投げトップに立った。試技順7人目の北口も、1投目の60m20から62m02へと記録を伸ばし、ウルタドに4cm差に迫った。
そして最終6投目。スタンドの手拍子に乗って助走をした北口が放ったやりは、65mラインに迫るアーチを描いた。スタンドに大歓声が響くなか63m45の記録が表示され、試技順8人目のピーターズが61m26に終わり、北口のGGP2年ぶりの優勝が決まった。
それにしても、である。北口の最終試技の強さには驚かされる。昨年7月に始まった連勝記録は今大会で「10」になり、そのうち6投目にその日の最高記録を投げたのは「8」回目。驚異的な確率と言っていい。
「もうちょっと早い段階で63mぐらい投げられたな、というのが正直な気持ちです。(6投目で記録を伸ばすことは)良い面でもあると思うんですが、切羽詰まらないとできていません。もう少し最初の方も緊張感を持って試合に臨みたい」
北口の世界陸上ブダペスト優勝記録は66m73。自己記録(日本記録)は昨年9月にマークした67m38で、優勝記録の63m45は北口の記録上位10番目までに入っていない。だがメダリスト3人の対決に勝ったところに数字以上の価値がある。2位のウルタドは1週間前に、66m70の今季世界最高を投げている選手なのだ。
北口自身は記録について満足していない。
「この記録ではまだメダルには届きません。これから2か月、3か月をしっかり準備して、メダル取って帰れるように頑張りたいな、と思います」
4月27日のDL蘇州大会に続いてメダリスト3人の対決を制しても、北口は兜の緒を締めていた。
やりに高さが出た5投目と6投目
DL蘇州、水戸招待(5月5日)と、北口は「体が思う通りに動いていない」と感じていた。シーズンに入ってもウエイトトレーニングを追い込んで行っていたことが原因と判断。「自分が動かしたい体で試合に臨みたい」と、GGPまでの2週間でコンディショニング重視のトレーニングを組んだ。北口のコンディショニングは主に、柔軟性を出すことを狙いとしている。
「硬すぎると動きたくもなくなるので、練習もしたくないと思ってしまう。その点は他の人と違うと思います」
その結果、GGP当日には「やっと上半身も自分で扱える」ようになった。
「捻りを使ったり腕を振ったりしているときに、自分の体が板状に感じていたものが、今はちょっと軟らかい板に変わってきている感じがしています」
GGPの6回の試技内容を、次のように振り返った。
「1投目はセーフティーに投げて60m20だったので、もう少し行けると思いました。やりの飛び方(軌跡)もそれほど良くなかった。2投目は比較的綺麗に飛んだのですが距離が伸びませんでした(60m19)。(投射角や力の入れる位置を)もう少し前で投げることを意識したのですが(3投目は58m30で)、4投目は前に行こうとしすぎて体全部が前に行ってファウルをしてしまいましたね。自分の後ろ側に、っていう意識に戻して、5投目はそれがうまくいったので(62m02)、6回目は前の試合と違って、もうちょっと投げられると感じながら試合ができました」
2投目の軌跡を再現しようと、力の入れ方などを試行錯誤し5投目のやりは高さが出た。それで手応えを得て、6投目はいつも通りに、「最後だからと思って一生懸命投げる」ことで高さが出て、距離も伸びた。
「私の場合は柔らかさがないと高さのあるやりが投げられません。(柔軟性は)少しずつ改善はされてるな、と今回の2本で感じました」
63m45の記録以上に柔軟性が出ていることと、それを投てき技術に活用できていることが北口にとっては重要だった。
パワーを付けること、前で投げること、そして焦らないこと
パリ五輪まで3か月。北口は練習拠点のチェコに戻りトレーニングを積み、ダイヤモンドリーグなどを転戦して技術の精度を高めていく。
「今日の投てきが今季3試合の中では一番、自分のやりたい感覚に近かったと思うのですが、水戸までの2試合から引き算をしてきたので、そこからまた足し算をして何かを超せればいいのかな、と思います」
柔軟性を出すために、「力の方は度外視」してこの2週間は練習してきた。その成果がGGPで出て方向性を確認できた。しかし力の部分も、物体を投げる投てき種目では重要な要素となるのは明らかだ。
「これからもコンディショニング重視は変わりませんが、少しパワーを、どう付けていくかはまだ考えられていませんが、パワーを付けていくことをやれたらいいかなと思います」
技術的には「前で投げる」という部分である。GGPの3、4投目はそれが上手くできなかったが、それもプラスの要素があるから試していた。
「本当は投げ終わりがもっと前に行きたかったのですが(前に飛び出していくようなフィニッシュの動き)、そこまでやろうとすると上手くいかなかった。もう少し練習してそこまでつながれば、変わってくるかな。たぶん、(そうした技術的な部分が)1個できたら1個できなくなる、ということが続くとは思うのですが」
そうした細かい試行錯誤を繰り返して、今季の体の状態に最適な投げを8月のパリ五輪でできるようにしていく。その作業の結果でやりが飛ぶ距離が変わり、メダルの色が変わってくる。メダルに届かない可能性もあるだろう。
普通の選手であればストレスを感じてしまうが、北口にはその難しい作業を進めていくことを楽しんでいる様子も感じられる。「試合をすることに緊張を感じたことはないんです」と北口は以前話していた。今回と同じ国立競技場で行われた東京五輪では、背中の痛みもあり12位に終わったが、その後はトレードマークでもある笑顔を試技毎に出すように心がけている。
ヨーロッパで転戦をしていく今後、留意していくことは何か、という質問に次のように答えた。
「焦らずゆっくり8月までやることですかね。あまり根を詰めすぎずにやっていけたらいいな、と思います」
この姿勢があるから、北口は勝ち続けることができている。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。