圧巻のデビュー戦

オールスターゲームを前に、首位独走のソフトバンクとは30ゲーム近い差をつけられ最下位に沈む西武。かつて黄金時代を築いた王者の姿はそこにはなく、近年でもまれに見るほどの苦しいシーズンとなっています。

プロ初登板(4月3日 オリックス戦)

その中で数少ない希望となっているのが国学院大からドラフト1位で入団した武内投手です。最速154キロのストレートに加え、カーブ、スライダー、チェンジアップ、ツーシームと多彩な変化球を操るサウスポーです。

圧巻だったのはデビュー戦となった4月3日のオリックス戦。

「気持ちが入っていた」というこの試合、1回に3番の杉本裕太郎選手から三振を奪うと流れに乗りました。

7回をヒット1本、無失点に抑えるピッチング。リーグ4連覇をねらう王者を相手に、なんと二塁を踏ませない好投でプロ初勝利を挙げました。

プロ初勝利をあげ松井監督と(4月3日)

武内夏暉 投手
「初登板でプロでの手応えをつかみました。やっとこの舞台で投げられるんだという思いで、力以上のものが出せて自信になりましたね。やっぱり杉本さんから初めて三振を奪ったときにホッとしたというか、このあとも抑えられそうだなという気になりました」

華々しいデビューを飾った武内投手は、このあとも好投を続け、7月4日まで負けなしを継続。12日の楽天戦で初黒星を喫しましたが、ここまで本人も「予想以上」という5勝1敗、防御率1.37という堂々の成績を残しています。
(成績は7月17日 時点)

好調の要因はコントロール

では、何が好調を支えているのか?本人にぶつけるとまっさきに「コントロール」という答えが返ってきました。

「そんなビタビタにきっちり決めているわけではないんですけど、早めに追い込んでピッチャー有利にさせるというか、あまり相手に考えさせないようなピッチングができていると思います。どの球種でもストライクとれる自信があるので、球種の絞りにくさだったりそういうところがあるのかなと感じています」

飛び抜けたスピードや代名詞と言えるような変化球があるわけではないものの、大学時代からコントロールの正確さと先発として試合を作る能力に定評があった武内投手。

プロ入り後も自分を見失わずに、自らの特長を生かして結果を残せていることに大きな手応えを感じている様子でした。

中でも最も通用していると感じる球種はチェンジアップ。

特にコントロールに自信のあるというこの球では「低めに決まればバットにあまり当てられないし、当たっても弱い打球になっている」と自信を深めています。

大学時代からの“変化”

さらに大学時代からの変化も躍進につながっています。

例えば体重。寮の栄養価の高い食事のおかげで入団時の93キロからおよそ6キロアップし100キロ近くに。体つきが変わり、これまでよりも軽く投げているイメージでも、いいボールがいくようになったと感じています。

トレーニング方法も変わりました。

ウエイトトレーニングでは、大学時代、全身をまとめていっぺんにやっていたということですが、プロに入ってからは部位ごとに日にちをわけて集中して行うようにしています。

これまであまり取り組んでこなかったメディシンボールなどを使った体幹トレーニングも毎日行うようになり、武内投手は「強くなっている実感がある」と体幹には大きな変化を感じていて、安定したピッチングを支えています。

成長の秘けつは“思考力” 西武の育成プログラム

身体面の変化だけではありません。

武内選手の成長スピードを加速させているのが、西武独自の育成プログラムです。

球団が特に力を入れているのが選手の「思考力」を高めること。

考える力を高めて自身の課題や感覚を具体化し改善できれば、より成長サイクルを加速させられると考えています。

2021年からは球団内に新たに「人財開発」の部門を設け、そこに所属する5人のスタッフが日々若手選手と向き合っています。

練習や試合に向かう姿勢や考え方をサポートします。

【多岐にわたる取り組み】
◆2か月に1回の「獅考(思考)トレーニング」と呼ばれるワークシートを使った集団での講義
◆外部講師を招いての研修
◆人財開発担当者との月に1回の面談
◆アプリを使った毎日の振り返りなど

このなかで特徴的なのは、選手のアウトプットの量

面談での会話やアプリの入力、それに2軍の試合では負けた試合でもインタビュー機会を設けるなど、自身の考えを言語化できる場面を多く作っています。選手の自己理解を深め、課題を具体化させるためです。

取材日に武内投手が行っていたのは、ふだんの生活サイクルの見直し。

思考の癖や思い込みや惰性で継続している行動はないか、1つ1つ目的を書き出しながらチェックしていました。

さらに寮の部屋でアプリに反省点を入力する様子も見せてくれました。

よかった点をグッドに、悪かった点はバッドに、次の行動プランをネクストに入力します。

課題を文字にすることで認識を深め、プレーに生かすのがねらいです。

入力内容は人財開発のスタッフがすぐに確認できるようになっていて、それをもとにいっしょに課題と向き合っていきます。

武内投手は、こうした日々の繰り返しが身になっていると感じています。

武内夏暉 投手
「アプリに打ち込むことで頭の中が整理できて次につなげることができています。頭のトレーニングにもなっていますし、考え方もより深まっていると思いますね。野球している時は体を鍛えるんですけど、頭を鍛えるという意味ではこの時間が最適かなと思っています」

修正力につながった思考の積み重ね

こうした取り組みの成果が現れた試合があります。

日本ハム戦(6月26日)

6月に行われた日本ハム戦。

この試合、武内投手は立ち上がりにつまずき、いきなり2点を失います。初めに感じたのは「なにか動きが遅い」という漠然とした感覚でした。

それでも常に課題と向き合う訓練をしてきた成果か、すぐに不調の原因が“並進速度”=つまり体重移動のスピードにあると具体化できたと言います。

その後、課題の修正に集中することで2回以降は無失点と見事に立て直しました。
(この日は8回途中2失点で勝ち負けつかず)
ふだんの取り組みが、とっさの修正力につながった形です。

武内夏暉 投手
「言語化のトレーニングによって、ふとしたときに修正点がパッと思いついて勝手に行動に出るようになりました。徐々に試合の中でも考えが深まっています。そしてそれがいい方向に運ぶことが多くなりました」

人財開発担当の上原厚治郎さんは、武内投手の思考力に成長を感じています。

上原厚治郎さん
「新しい取り組みをしっかり考えてうまく選択できているところがすごいところです。入団当初は抽象的なあっさりした内容の言語化でしたが、面談や思考のトレーニングに取り組んできた中で具体性のある振り返りができるようになってきています。そこはすごく成長しているなと感じますね」

武内投手はその後の試合でも、考えるトレーニングで培った力を生かしました。

ソフトバンク戦(7月4日)

立ち上がりの不安定さも改善するため、次の登板となったソフトバンク戦ではウォーミングアップのやり方を修正。よりキレを出した準備で立ち上がりから好投し、8回無失点でヒーローになりました。

試合中の修正はもちろん、登板ごとに修正して臨める力も示したのです。

見据える“2桁勝利”

ドラフト1位で期待されながら入団しても伸び悩む選手もいるプロ野球の世界。もとの能力の高さはもちろんですが、武内投手は球団の育成プログラムも活用しながらみずからの成長につなげています。

チームは現在パ・リーグで大差の最下位と苦しんでいますが「投げる試合は絶対勝つという気持ちを込めている」と勝利への強い思いを口にしました。

そしてシーズンを通しての勝ち星や今後の意気込みについて聞くと、力強い答えが返ってきました。

「ここまできたら、2桁勝利は目指したいと思っています。1勝1勝なんですけど、積み重ねでいけるところまでいきたいなと思っています。これからもケガをしないことを第一に、まだシーズンは半分あるので、投げる試合は本当に勝つつもりで一球一球投げていきます。そしてライオンズの勝利に貢献できるピッチングをしていきます」

《取材後記》

インタビューでは言葉数こそ多くないものの、ことばの端々に強い意志と、ここまでの結果に対する自信をのぞかせた武内投手。大型ルーキーは野球に対してはストイックですが、オフの日の過ごし方を聞いたときは、グラウンド上では見せない一面を見せてくれました。

例えば、「三軒茶屋」と「服」について。

服を見るのが好きだという武内投手は、大学時代から三軒茶屋の店に足を運んでいるそうです。

「あんまり人とかぶった服が好きじゃない」と、ほかの人が着ないような服を買っているようです。

また、最近印象に残った映画として挙げたのが「余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。」

感動系はひとりでしっとり見るという武内投手。これを見て「めちゃめちゃ泣きましたね」と少しだけ表情が緩み、冷静沈着、堂々としたマウンドでの表情とは違った意外な素顔をのぞかせました。

シーズンはまもなく折り返し。チームは苦しい状況が続いていますが、力強く腕を振り続ける武内投手に今後も注目していきます。

(2024年7月19日「おはよう日本」で放送予定)

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