昨年の世界陸上ブダペスト5000m8位入賞者で、1500m(3分59秒19)と5000m(14分29秒18)日本記録保持者の田中希実(24、New Balance)が、国内トラックレースに今季初登場した。4月13日の金栗記念選抜中長距離熊本大会(熊本)の女子800mと1500mに出場。800mは高校生の久保凛(16、東大阪大敬愛高2年)に敗れ2位(2分06秒08)、1500mもツラカ・エスタ・ムソニ(23、ニトリ)に敗れて2位(4分07秒98)。勝負には敗れたが、田中にとっては充実していた冬期期間から、本当の勝負が始まるトラック・シーズンに向けてつなげていくことが重要だった。あることの「板挟み」(田中)になって苦しんだ部分はあるが、2レースを走った手応えは良好だった。

直前まで出場を迷った原因の「板挟み」とは?

エントリーした大会は欠場しない。それが田中の特徴だが、今回は「かなり状態が良くなくて、やめるかどうか、というところでした」と明かした。

「海外のレースはチャレンジなんですが、国内では凱旋っていうイメージが自分の中で強くなりすぎていて、“見せるレース”をしないといけないプレッシャーがすごくある」

この思考パターンに陥るのは過去にもあった。しかし今回は、冬の過ごし方が今のメンタル面に大きく影響したという。

2月にはニューヨーク、ボストンと室内競技会を連戦。ボストン(4日)では1500mで4分08秒46のショートトラック日本新、ニューヨーク(11日)ではショートトラック2マイル(約3218m)でアジア新記録、途中計時3000mで8分40秒05と日本新を連発した。

3月2日の世界室内3000mは8分36秒03とショートトラック日本記録を更新し、8位入賞を果たした。同30日の世界クロスカントリー選手権は混合リレー(1人2km×4人)ではあったが、日本の7位入賞に貢献している。国内ではイベントにもいくつか関わり、色々な刺激を受けた。

「非日常の日々が続いて、ある意味すごく楽しい時間でした。(4月に入り)その時間が途切れたときにちょっと駄々っ子のような状態になってしまって。いろんなことにイライラしてしまったり、ちょっとしたことにストレスを感じてしまったり。しんどいけど楽しい状態が終わったときに、そういうのが噴出してしまいました」

その結果、思ったような練習が積めなかった。金栗記念直前には、父親の田中健智コーチと欠場を考える状態になっていた。

800mの敗戦と1500mの4月自己最高記録

だが最終的には金栗記念の800mと1500mに出場する決断をした。両種目の間隔は2時間半。国内レベルであれば、田中にとって難しいインターバルではない。

800mはスタート直後から最後尾で、200mでは集団に10m差を付けられていた。800m選手たちは最初の200mを次の200mより1秒以上速く入るが、田中は31秒3、31秒3と完全なイーブンペース。400mで集団の前の方に位置すると、2周目の550m付近で久保を抜いてトップに。最後の200mは田中も0コンマ数秒ペースダウンし、久保のスパートに残り50m付近で抜き返された。

「私のロングスパートと、久保選手のラスト200mからのキレで勝負をして、ゴールも僅差になる接戦をしたかったのですが、私が不甲斐なさすぎました」

久保は2分05秒35と自己記録に0.22秒と迫ったが、田中は2分06秒08で、以下のような自己評価をした。

「久保さんの勢いもすごいし、他の選手も海外レースを試したりしていました。誰が勝ってもおかしくないレースだったので、タイムより勝負を意識していました。トップタイムはそれほど上がっていませんが、この時期(21年以降は4~5月)2分4~5秒では走れるようになっていました。お尻の部分は上がっていると思っていたので、2分6秒はちょっとショックです。誤差の範囲かもしれませんが、2分5秒と6秒の違いは大きいかな」

だが4分10秒かかることも覚悟した1500mは、4分07秒98と4月の自己最高記録をマークした。「タイムはひとまず付いてきました。許容範囲では走れたので、今は嬉しい気持ちがあります」と、2時間半前の800mから変わって合格点を自身に付けた。

5月のDLドーハとゴールデングランプリで標準記録突破の可能性

金栗記念の2種目出場を「セットで練習」と位置付けていた。直前まで出場を迷っていた田中に対し、田中コーチは「だったらダイヤモンドリーグもやめろ」と強く言ったようだ。田中は「スタッフの方たちと話し合って、最終的には(前向きに)向かって行けた」と明かした。

「800mは納得できる走りではありませんでしたが、ボロボロにはなりませんでした。(2種目を走って)今までやってきた練習を信じる手応えはつかめましたし、だからこそ、これからの練習をもっと頑張ろうと思うことができました」

田中が意識した“見せるレース”も、自身が負けてしまってはできたと言えないかもしれないが、高校生の久保との勝負である程度は果たせたのではないか。1500mでも高校生のドルーリー朱瑛里(16、津山高2年)の挑戦を受け、話題になった。

次は田中がパリ五輪代表入りを決めることで、陸上界は夏に向けて盛り上がっていく。昨年の世界陸上に入賞した5000mは、昨年中に参加標準記録(14分52秒00)突破済みで出場資格がある。日本陸連が設定した選考基準で、今季の標準記録突破ができれば代表に内定する。

1500mは標準記録(4分02秒50)突破かRoad to Paris 2024(標準記録突破者と世界ランキング上位者を1国3人でカウントした世界陸連作成のリスト)で五輪出場資格を得る必要があるが、Road to Paris 2024は安全圏と思われる。6月末の日本選手権3位以内で代表入りに大きく近づく。

「ダイヤモンドリーグ出場はまた父と相談しますが、ドーハ(5月10日)は5000mなので、気候がわからない部分もありますが、疲れを取って標準記録を狙って行きたいですね」

ドーハの次はゴールデングランプリ(5月19日・国立競技場)で1500mに出場する。参加する外国勢が未発表だが、メンバー次第ではこちらも標準記録突破が期待できる。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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