全日本実業団陸上(山口市維新百年記念公園陸上競技場)3日目の9月23日、男子200mにはパリ五輪代表が多数出場。佐藤風雅(28、ミズノ)と佐藤拳太郎(29、富士通)の400m代表コンビが1、2位を占めた。21年東京五輪以降、2人の活躍で男子4×400mリレーが世界を相手に健闘するようになった。名字が同じ2人は共通点も多く、高い意識で切磋琢磨している。日本の4×400mリレーを牽引する2人が専門外種目をどう戦い、400mに結びつけようとしているのか。

予選では佐藤拳が自己新も、決勝では佐藤風が自己新V

ダブル佐藤のワンツーまでは予想できなかった。男子200m決勝にはこの種目のパリ五輪代表の上山紘輝(25、住友電工)、100m代表の東田旺洋(28、関彰商事)、さらには今大会100m優勝の宇野勝翔(23、オリコ)らも出場していたからだ。

だがダブル佐藤もスピードを重視し、200mの強化を行うことで20歳台後半でも400mで成長している。佐藤風は今大会を「日本選手権の決勝に残る200mトップ選手たちと競ることができる貴重な経験」と位置付けて出場した。

予選は5組で行われ4組1位の佐藤拳が、20秒63と全体1位タイムで通過。「ラスト50m付近で少し伸びる、やりたかったレース」ができて、昨年の今大会優勝時にマークした20秒70の自己記録を更新した。
 
佐藤風も2組1位で20秒87。「前日の100m1、3位選手(宇野と東田)が一緒で“勝てるかな”と思いましたが、2人ともかなり疲れていましたね。自分が冷静に走って、最後は余裕を持ってかわすことができました」

決勝は6レーンに佐藤拳、7レーンに佐藤風のロングスプリンターが入り、宇野が3レーン、東田が4レーンとショートスプリンター2人は内側だった。直線に入って佐藤風、佐藤拳、宇野の争いから佐藤風が抜け出し、佐藤風が20秒67の自己新で優勝。2位に20秒79の佐藤拳、3位に20秒90の宇野、4位に21秒05の上山と続いた。

佐藤風は勝因にメンタル面と技術面、両方を挙げた。
「勝ちたい気持ちはありましたが、200mで勝負に行くと硬くなるレースが多かったので、“必ず勝つ”というより“勝てたらいいな”くらいのリラックスしたモチベーションで臨みました。今日のレースは後半で伸びる、しなやかさのある走りができたと思います」

一方の佐藤拳は「タイム、順位ともに満足いくものではないので」と表情を崩さない。
「コーナーの出口では良い形にできたのですが、(予選と違って)ラスト50m付近で伸びきることができませんでした。予選の走りを再現したかったのですが、勝負に意識がいって走り急いでしまったというか、焦りで動きがバラバラになってしまいました」

2人とも次週のAthletics Challenge Cup(新潟)の400mで記録を狙う。「来週の400mを意識していたので」と佐藤拳は言いかけて、「いや、それは言い訳ですね。それでも順位もタイムも悪かったのは、シンプルに私の実力不足」と、自身への甘えを許さなかった。

志の高いダブル佐藤の共通認識

常に冷静な話しぶりで謙虚に自身を省みる佐藤拳と、常に明るく話し時には情熱的に意欲を見せる佐藤風は、キャラクターに関しては対照的といっていい。だが世界と比較したときの現状分析の仕方や、そのために必要な記録レベルの考え方など、ダブル佐藤の共通認識は多い。世界で戦う目標を共有しているからだろう。

パリ五輪はメダルを狙っていた4×400mリレーは、3分58秒33のアジア新を出したが6位。目標のメダルに約2.5秒の差があった。個人種目の400mはダブル佐藤も中島佑気ジョセフ(22、富士通)も、予選を通過できなかった。昨年のブダペスト世界陸上はダブル佐藤が44秒台をマークしたが、パリ五輪は中島の45秒37が日本勢最高タイムで、佐藤風は46秒13かかってしまった。

「同じシーズン中に標準記録(パリ五輪は45秒00。来年の東京世界陸上は44秒85)を切れていない選手は、本番でもまったく通用しないと改めて感じました」(佐藤風)

佐藤風も次週のAthletics Challenge Cupの400mで標準記録突破を狙っている。「アベレージを高くすることが重要」と言い、そのためには「200mで20秒5が目標でしたが、今後は20秒3くらいを目指したい。世界は19秒台の選手が400mをやっているので」と、スピードの必要性を自身に言い聞かせる。

佐藤拳も同じ数字、同じ認識を口にした。「20秒5でも物足りないというか、世界のトップ選手たちは100mの9秒台、200mの19秒台をもって400mに取り組んでいます」佐藤拳は「“我々も”それを目指さないといけない」と話した。日本の400m界全体がそのレベルを目指さないといけない、という危機感の表れだ。

ダブル佐藤の違いが表れる部分は?

2人の違いはレース後に見せる、勝負に対する熱さの部分だろう。佐藤風は昨シーズン、国内レースでは佐藤拳に勝てても、アジア選手権とアジア大会の国際大会では連敗した。両大会とも0.13秒差で、400mとしては大差ではなかった。200mでの対決はどうだったのか。2人とも専門外の200mは、全日本実業団陸上で走ることが多い。

「一昨年僕が2番だったときは、拳太郎さんが(5位で)ケガ明けでした。(佐藤拳が優勝した)昨年はアジア大会を控えていたので僕が決勝を棄権してしまって。お互いに本気で、(故障の影響などがなく)フルの状態での勝負は今回が初めてだと思います。拳太郎さんのことは尊敬していますし、予選からすごく調子が良かったので、決勝もしっかり来るだろうと思っていました。その勝負に勝ち切れたことは素直に嬉しいです」
 
一方の佐藤拳も、勝つことへの情熱ももちろん持っているが、そこを前面に出さないようにしている。今大会決勝がそうだったように、勝負を意識しすぎると走りが崩れてしまう。勝負よりも記録を意識することで、自分がやりたい動きやペース配分を正確に行う。その結果が勝敗となる、という考え方だ。

佐藤風も前述のように、レース前には勝負を意識しすぎると硬くなる傾向を自覚している。レース後の言葉が違うだけで、考え方は共通している。同じ名字で同じレベルを目指している2人だからこそ、ちょっとした違いが見る側には面白い。佐藤拳は今大会予選の20秒63が0.07秒の自己記録更新で、佐藤風は決勝の20秒67が0.05秒の更新だった。

佐藤拳は自己新の背景を「パリ五輪が終わって、今シーズンやっと(初めて)練習が継続できています」と説明する。日本選手権は決勝を棄権するほど、足首の状態が良くなかった。その後も痛み具合を考慮しながらの練習にならざるを得なかった。それでもパリ五輪4×400mリレー決勝では44秒03の自身最速ラップで回り、底力を見せていた。

佐藤風は前述のように、200m決勝後半の走り方が良かったことを勝因に挙げた。勝つことへの執着をコントロールしたメンタル面も良かった。練習はパリ五輪から帰国後、あまり休まずに練習しているという。

「世界でボコボコにされて、負けた理由が単純に足が遅いことだったり、フィジカルが及ばないことだったりして、本当に基礎的な部分でした。だからこそ、やれることがいっぱいある、と感じられました。それでモチベーションが上がって、もう休まずにバチバチ練習しています」

ダブル佐藤はやっていることはお互いに見えなくとも、トレーニング面でも意識を高く持って日本の400mと4×400mリレーを牽引していく。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

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