全日本実業団陸上(山口市維新百年記念公園陸上競技場)が9月21~23日の3日間、山口市の維新百年記念公園陸上競技場で行われた。女子中・長距離種目は昨年11月のクイーンズ駅伝優勝チーム、積水化学勢が席巻した。初日の10000mは田浦英理歌(24)が32分17秒06で日本人トップの4位。2日目の1500mは新人の道下美槻(23)が4分16秒42で日本人2位、森智香子(31)が4分18秒15で日本人3位の7位と2人が入賞した。そして最終日の5000mでは新谷仁美(36)が15分14秒18で4位、楠莉奈(30)が15分30秒71で6位、山本有真(24)が15分31秒53で7位と、日本人1~3位を独占した。
駅伝1区に代打出場した田浦が大きく成長
大会初日の女子10000m。田浦がラスト2周のバックストレートで前に出て、調子の良さを感じさせた。実業団チーム在籍のケニア人3選手に敗れはしたものの、日本人トップを確保したのは健闘だった。
しかし「ラスト2周しか上げられず、悔しさがあります」と田浦本人は納得していない。「日本人1位を取れるように、野口(英盛)監督にはラスト4周から上げようと言われていましたが、怖さがあって前に出られませんでした。駅伝ではそういう走りでは負けてしまいます」
昨年は駅伝メンバー最後の1枠争いに負け、当初はメンバー入りしていなかった。だが1区を予定していた選手が走ることができなくなり、急きょ田浦が起用された。資生堂の五島莉乃(26)が作るハイペースに付くことはできなかったが、区間5位で逆転優勝へ期待をつないだ。クイーンズ駅伝前はケガが多かったが、補強やウェイトトレーニングへの取り組みを変え、今季は大きな故障がない。スクワットやデッドリフトが去年より、10kg以上重い重量でできているという。
「今年はメンバー争いをしないでも走れるように、(実績で)決定って言われるぐらいになりたいですね。去年は練習で4区を争って負けちゃったのですが、メンバー争いになっても勝てるような選手になりたいと思います。去年はみんなに助けてもらった優勝だったので、今度は自分がチームの優勝に向けて引っ張っていけるような選手になりたいです」
5000mでは15分24秒37を5月のゴールデングランプリでマークして7位。日本人3位で上位2人は日本代表経験選手だった。また、日本代表経験選手4人に勝つことができた。積水化学はメンバー全員が、代表レベルの選手で固める布陣に近づいている。
新人の中距離ランナー道下が4区に名乗り
2日目の1500mで新人の道下が日本人2位、4分16秒42のタイムは自己記録の4分12秒72には及ばないが、実業団入り後の最高タイムだった。今大会前のシーズンベストは4分22秒63と低調で、日本選手権は欠場した。「日本選手権前にぎっくり腰になってしまったんです」と道下。
しかしその後は上昇気流に乗った。「7月、8月、9月頭と3回合宿があったのですが、ほぼパーフェクトで練習できて、しっかり調子を上げることができました」
自己記録は大学2年時の21年に出したもの。前年から10秒もタイムを縮めたが、残りの大学2年間では更新できなかった。今年実業団入りし、学生時代とは違った生活や練習で軌道に乗った。実業団選手としてのスタイルが確立されれば、自己記録を更新していく可能性は大きい。
中距離ランナーだが駅伝も走るつもりで道下は強化を進めている。20〜22年の3年間は2区が3.3kmで最短区間だった。積水化学は1500m東京五輪代表の卜部蘭(29)が3年連続区間賞と快走してきた。昨年は2区が4.2kmと距離が伸び、5000m日本代表の山本が区間賞の走りでトップとの差を17秒縮め、3区での逆転劇を演出した。
道下が狙っているのは3.6kmの4区で、外国人選手の出場が認められている区間。日本人選手だけで戦うチームは苦戦を強いられる区間だが、昨年の積水化学(佐々木梨七・22)は、ライバルチームの外国人選手との差を18秒にとどめた。
「しっかりエントリーメンバーを勝ち取って、4区で出走できるように、ここからもっと調子上げたいと思っています」
個人では来年「4分5秒は切りたい」と目標を設定している。東京世界陸上参加標準記録は4分01秒50だが、世界陸連の定める世界ランキング用のポイントを積み重ねることができれば、東京五輪の卜部がそうだったように出場の可能性はある。積水化学の最短区間は、中距離の代表レベル選手が走る伝統が続くだろうか。
エース新谷はヒューストン・マラソンへスピードを再確認
大会最終日(3日目)の女子5000mでは、新谷が日本人トップの3位に入った。横田真人コーチは事前取材で15分ヒト桁が目標と話し、新谷は15分14秒18で走った。目標から大きく後れたわけではない。
だがレース後の新谷は「惨敗だったと思います」と、相変わらす自身に厳しかった。
「マラソンでもう一度日本記録(2時間18分59秒)にチャレンジするには、今の時点で5000mを15分フラットで走る必要がありました。そのための練習を横田さんに組み立ててもらってやってきましたが、あまり練習の成果を発揮できませんでした」
プレビュー記事でも触れたが、新谷のマラソンはスタミナではなくスピードがベースとなる。来年1月のヒューストン・マラソンから逆算し、4カ月前の9月には5000m3分00秒前後のスピードを体に覚えさせる。
全日本実業団陸上でも新谷は、ケニア人選手たちのペースが落ちると自ら前に出た。風も受けることになるなど、勝負を考えれば不利になることもある。それでも新谷は「トップに出ることを私は勇気だとは思わない」と平然と話す。
「自分のターゲットがあるのであれば、そこに向かって全力で立ち向かうのは、36歳でもなんでも変わりません」11月のクイーンズ駅伝での目標も明確だ。「今回の5000mみたいな形で、スピードのリズムに乗りながらマラソンに繋げていこうと思っています」
過去4年間、新谷は3区(区間1位)・5区(区間2位)・3区(区間1位)・5区(区間2位)と10km区間を走ってきた。マラソン2カ月前には10kmの区間でスピードを確認することになる。そして本人が話しているように、新谷が目標を決めたらその目標より低いスピードで走ることは絶対にない。区間賞を目指して走ることになるだろう。
駅伝の勝敗はトラックの実績だけで決まるわけではないが、駅伝の勝敗に大きく影響するのは事実である。「選手個々がやりたい種目で輝くチームにする」(野口監督)のが積水化学で、新谷と卜部が加入した20年以降で2度の駅伝優勝を達成している。積水化学が今年も、クイーンズ駅伝の優勝候補筆頭に推されることは間違いない。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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