「今日、二酸化炭素(CO2)を何キログラム(kg)削減できたか。まずは、それを見ることから日々の行動は変わっていくと考えた」
こう話すのはスタートアップのbajji(バッジ、東京・台東)で代表を務める小林慎和氏。バッジは、アプリを通じて「capture.x(キャプチャーエックス)」というサービスを展開している。実在する太陽光発電所の疑似的なオーナーになり、CO2をどれだけ削減できたかを確認できるものだ。
キャプチャーエックスは非代替性トークン(NFT)の技術を活用し、国内発電最大手のJERAや太陽光発電サービスのシェアリングエネルギー(東京・港)が保有する発電所をカード化。利用者はこのカードを無償で取得して「エールを送る」というボタンを押すと各発電所によるCO2削減量が見られる仕組みだ。報酬として楽天ポイントなどに交換できる「エールポイント」ももらえる。
バッジは、エールを送るボタンを押すという行為について、CO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル実現に向けて利用者の行動変容を起こすことができたと設定。2023年2月のサービス開始から行動変容は10万回を突破した。
日本を緑色に塗りつぶす
また利用者が確認したCO2削減量は累積していくようになっており、100kgに達すると、地球によく似た「HOSHI」というバーチャル世界のミニゲームに参加することができる。
ミニゲームは日本列島を5億個のマスに分割し、全ての利用者が協力して緑色に塗りつぶしていくというものだ。1マスを塗りつぶすには100kgのCO2削減量を確認しなければならず、日本列島全体で500億kgのCO2が削減される計算だ。
また塗りつぶすマスを選んだ際に緯度と経度を自動で取得し、そこから生成人工知能(AI)が付近の名所などをモチーフにした絵画を作成。つまり塗りつぶせれば塗りつぶせるほど「世界で1つだけのアート」が手に入るというわけだ。
ゲーム感覚で企業の脱炭素に関する活動を応援できるだけでなく、「ポイ活」も楽しめるとあって現在は2000人程度が利用。24年1月には、米ラスベガスで開催された世界最大級のテクノロジー見本市「CES」にも初出展して世界デビューを飾った。
NFTや生成AIといった先端技術とゲーム要素の融合。この斬新なアイデアはいかにして生まれたのか。
根底にあった問題意識は気候変動に対する消費者の知識の少なさだ。バッジの小林氏は「カーボンニュートラルの実現には、温暖化ガスを2050年までに80%削減しなければならないが、実際にはこの数字すら知らない消費者がほとんどだ」と指摘する。
企業側は再生可能エネルギーを活用したり工場の脱炭素化に取り組んだりといった環境投資を続けている。しかし、その努力が消費者にあまり届いていない実態もあり、小林氏は「CO2を削減した成果を楽しく、お得に見せることができれば、企業の努力が世の中に広まり、ブランド力も上がると考えた」と明かす。
今後は、キャプチャーエックスの法人版も展開していく。自社の再生エネ発電量や省エネによるCO2削減量を可視化し、従業員がチェックできるようにする。自社の取り組みを自分事として考えてもらう狙いだ。社員が自発的にアイデアを出して会社のCO2削減に貢献した場合は、福利厚生で報いるといった仕組みも検討しているという。
太陽光発電×ブドウにもNFT
太陽光パネルを設置しながら、農作物も栽培する「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)」で育てたブドウの木のオーナー権をNFT化し、売り出す企業もある。再生エネ事業を手掛ける二本松営農ソーラー(福島県二本松市)と、その関連会社で農業経営のSunshine(同)。NFTのマーケットプレイスを運営するFUWARI(東京・千代田)と組んだ。
シャインマスカットや巨峰、ピオーネ、クイーンニーナ、マスカットノワール。
オーナー権価格は1年間で1万5000円。98本のブドウの木を育てており、オーナー権を購入した消費者は好きな品種を選んで名付け親になれる。年に数回、成長の様子がメールで送られてくるほか、収穫後には約1.5kgのブドウが届く。限定イベントの収穫祭に参加できたり、ネットショップで使える5000円分のクーポン券がもらえたりするなど、様々なオーナー特典も付く。
二本松営農ソーラーとSunshineの代表を務める近藤恵氏は「昔から日本の農家は価値の表出がすごく下手という課題があった。『農家が無形の価値をつくる』というのがプロジェクトの一番の特徴だ。作物をつくるだけではなく、サービスをつくっていきたい」と意気込む。ソーラーシェアリングではブドウの他にも、大豆や小麦、エゴマ、カラシナなどを栽培。牛の放牧も行っている。
ブドウの木のオーナー権は23年10月に発売したが、半年足らずで完売となった。FUWARIの代表を務める石井寛人氏は「瞬間風速的に盛り上がるクラウドファンディングと違って、(オーナー権の販売を通じて)継続的にその地域を応援する枠組みをつくれたことが大きかった」とする。
NFTは21年にブームを迎え、デジタルコンテンツ化された著名人のアート作品に数億円もの値が付くなど、投機的な側面が強調されることが多かった。一方、バッジや二本松営農ソーラーなどのようなNFTの使い方は、ともすれば、遠い存在に思われがちな環境問題を自分事として捉えてもらえる点で地に足が着いていると言える。金銭的な応援ができる枠組みもつくれるようになり、カーボンニュートラル実現に向けた一助になりそうだ。
もちろんビジネスとしてしっかりと軌道に乗せるのは至難の業だろう。環境や社会の持続可能性に配慮した「エシカル消費」の波が世界的に広がり、続々と商品やサービスが登場しているが、短命に終わる例は少なくない。
NFTの特徴は唯一無二性を証明できるところにある。オーナーになってまで応援し続けたいと思えるサービスを持続的に生み出せるかどうかが、脱炭素×NFTがさらに広がっていくかどうかの分水嶺になる。
(日経ビジネス 酒井大輔)
[日経ビジネス電子版 2024年2月16日の記事を再構成]
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