世界で最も重大な犯罪に取り組む国際刑事裁判所(ICC)=オランダ・ハーグ=の所長に3月、赤根智子(あかね・ともこ)判事(67)が就任した。任期は3年で、日本人の所長は初めて。「世界がこれほど急激に変化し、大きな戦争や事件が続く中、非常に難しいかじ取りを求められるが、自分のできる限り頑張っていきたい」。赤根さんにオンラインで、今後の抱負や、女性の社会進出などを語ってもらった。(加藤美喜、岩田仲弘)

オンラインインタビューに答える赤根さん

◆アジア発のリーダーシップを発揮したい

 —所長選に立候補した理由は。  「アジア太平洋の若い人たちに力を与え、後に続いてほしいという思いがあった。日本は最大の拠出国(2023年の分担金は約37億5000万円、分担率15.4%)。お金だけではない貢献をしなくてはならない、という気持ちがあった」  「ICC加盟国・地域は124で世界の3分の2にとどまり、アジア太平洋の加盟国は国連加盟国の比率で4割に満たない。アジア発のリーダーシップを発揮することが必要と考えた」  —拠出額に比べ日本人職員は少ない。アジアでの存在感アップをどう図るか。  「広報活動拠点となる東京事務所設置を実現したい。今どんな事件を扱い、裁判がどう進められているか、アジア、日本の人たちに具体的に知ってもらい、インターン、ボランティアなどで働くことによって、ICCを身近に感じてもらいたい。そこから次のステップとしてICC本体で働く意欲を養っていきたい」  —日本への期待は。  「アジア太平洋のリーダー的存在として、当該地域の加盟国を増やす努力を期待したい。ICCの警備強化や職員の保護という観点から、特別信託基金へのさらなる財政的支援のほか、日本の関係省庁から情報の共有などもお願いしたい」

◆プーチン氏に逮捕状を出したら報復で指名手配

 —ウクライナ侵攻に絡み、多数の子どもを連れ去った戦争犯罪の疑いでロシアのプーチン大統領に逮捕状を出した。ロシアはICCに加盟していないため身柄の引き渡しは難しい。  「特定の事件に言及できないが、ICCは正義がなければ持続的な平和・秩序はないとする原則に基づいて設置されている。重大な犯罪に対して責任を追及しなければ、復讐(ふくしゅう)と暴力のサイクルをさらに助長する。持続的な平和は、法の支配によってのみ築かれると信じる。時効はないので最後まで遂行に向け努力する」  —赤根さん自身、ロシアから報復措置として指名手配された。  「ローマ規程締約国と締約国会議が、ロシアの措置をICCの業務を妨害する許容できない行為として強く非難したことは留意したい。ICCの判事や職員の安全、および裁判業務を維持するための努力を所長として継続していきたい」  「私自身も、あまり外出をしないよう心がけるようになった。自分の安全のためだけではなく、自分に何か起きれば裁判所自体への脅威にもなり得る」

◆判決まで7~8年は長すぎ 改善していく

 —機構改革にどう取り組むか。  「判決まで平均7〜8年かかり長すぎるという批判に対し、裁判の効率化・迅速化に向けて努力を重ねていかなければならない。今の手続きを改善していけば短くなるのではないか。改善はすでに英語(kaizen)にもなっている。日本人として地道なプロセスが期待されていると思う」  —具体的には。  「今は非常に多くの争点を長い時間かけて裁判している。その中で何が一番重要か、弁護人と信頼関係を構築し、話し合いによって争点を絞ることが必要だと思うし、検察官の間でも争点を絞って最も重要な証人に限定して尋問する。その中身も焦点を絞れば尋問時間を減らすことにつながるのではないか」   ◇   ◇

◆「女性には就職の壁があった」時代に検察官に

 赤根さんは東京大法学部を卒業した後、1982年に検事に任官した。当時は男女雇用機会均等法が施行される前で、「普通に就職しようとすると、当時の女性には大きな壁があり、資格を持って社会に出ることが大事だった。正義の実現に自らかかわっていくことに魅力を感じ、検事を目指した」という。  函館地検検事正や最高検検事などを歴任。「検察官として、女性だから差別を受けたということはない」と振り返る一方、「どこに行っても男性だけの職場だったな、とは思った」と話した。  「日本の女性法曹には、日本はまだまだ男女が平等でないとの不満がたまっているのではないかと感じる」とも。今後、世界で活躍を目指す女性に「海外で働くと壁にぶつかることもあると思うが、それが成長の糧になる。失敗を恐れずに外に出てほしい」とエールを送った。  上川陽子外相は、国際機関の女性トップ就任を歓迎。平和構築に女性参画やジェンダー平等の視点で取り組む「女性・平和・安全保障(WPS)」の推進に向け、赤根さんと連携していく考えを示している。   ◇

◆動物の動画でリラックス

 赤根さんは愛知県立旭丘高で学んだ高校時代を振り返り、「自由を満喫したが、そこで学んだのは、自由には責任が伴うこと。みんないつも自問自答していた」と話す。所属した硬式テニス部の仲間たちとは「結束が固く、今でも何人かと付き合っている」という。  激務が続く中、「気分転換にスマートフォンで猫や犬の動画を見て笑っています」。伊坂幸太郎さんの小説が好きで「最近割と読んでいる。いろんな驚きがある」とも語った。座右の銘は「人間(じんかん)到(いた)る処(ところ)青山(せいざん)有り」。大望を果たすためには故郷にこだわらず広く世に出て活動すべきだ、という趣旨で今、その道を究めようとしている。    ◇

◆「話をしたい学生に取り囲まれていた」教員時代

 赤根さんは2005〜07年度、名古屋大法科大学院で、検事の実務家教員として教壇に立った。当時を知る名大教員らは「学生の憧れになる」と喜ぶ。

名古屋大での赤根智子さんの様子を振り返る(左から)鮎京正訓さん、小島淳さん、牧野絵美さん。手前は赤根さんの記事が掲載された2015年発行の名大のパンフレット

 「赤根さんはいつも、話をしたい学生たちに取り囲まれていた」。刑事訴訟法が専門の小島淳教授(50)は、07年度にあった司法試験合格者の祝賀会や懇親会での様子をこう振り返る。  同大学院の理念は「広い視野と国際的関心を持つ法曹の養成」。「まさにその姿を体現する赤根さんに続く学生を輩出できるように、学生たちに活躍を伝えたい」と語った。  鮎京正訓(あいきょう・まさのり)名誉教授(73)は昨年12月、東京の会合で、一時帰国した赤根さんと顔を合わせた。ロシアが赤根さんを指名手配したことに触れ「大丈夫か」と聞くと、笑顔で「まったく動揺していない」と答えたという。  ICC所長は18人の判事の互選で決まる。赤根さんと07年度から1年間、研究室が隣で、国際法に詳しい水島朋則教授(53)は、「普段一緒に仕事をする中で信頼を得たということ。手堅い仕事ぶりだったので、赤根さんが選ばれるのは理解できる」とうなずいた。(鈴木凜平) 

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