“多様性”をやゆするフェイクも
ネトフリ装う“偽ドキュメンタリー”
「続編」ではイーロン・マスク氏?
ハマスが否定した偽動画も
「トランス女子」との誤情報がひぼう中傷に
これに関して、アメリカのトランプ前大統領が全く別の話をしている動画とともに、「オリンピックをボイコットしろと呼びかけた」などと書き込まれた日本語の偽情報が出ていて、Xで90万回以上閲覧されました。一方で、民主党の大統領候補となったハリス副大統領が開会式を絶賛したとする、ねつ造された投稿が複数出回り、20万回以上閲覧されているものもあります。さらに、オリンピックがかかげる「多様性」を批判する意図の偽情報も出ていて、生成AIで作られたとみられる、女性の下着をつけた男性がオリンピックの競技が行われるプールに飛び込もうとしている偽画像が、さまざまな言語で複数のSNSで拡散しました。日本語の投稿で130万回以上閲覧されているものもありました。
さらに、大会そのものや、IOC=国際オリンピック委員会を批判し、おとしめる目的で作られたとみられる偽のドキュメンタリーも拡散。「中立な立場の個人資格の選手」だけしか参加が認められていないロシアの関与があるのではないかと指摘されています。大手動画配信サイトネットフリックスが制作したと偽った「Olympics Has Fallen(オリンピックは地に落ちた)」と題された偽のドキュメンタリー番組が、去年6月に通信アプリの「テレグラム」などに投稿され、YouTubeでも広がりました。
NHKが実際に動画を確認したところ、生成AIで合成したとみられるアメリカの人気俳優トム・クルーズさんの声で、欧米メディアの報道や映像などを恣意的に引用しながら、およそ30分にわたって「IOCが腐敗している」などと批判する内容になっていました。オンライン上の脅威について分析しているマイクロソフトの分析グループは動画の制作者がロシアの影響下にあるグループだとしています。パリでテロなどのリスクが高まっているように見せかけた偽のニュース映像なども制作しているとして「IOCの名誉を傷つけたり恐怖を広めることを目的としている」とする報告を出しています。
さらに、IOCは偽のドキュメンタリー番組がIOCを中傷する目的でねつ造されたもので、SNSでの偽情報工作の一環であるとする声明を出して必要な対応を取るとしており、偽動画はYouTubeから削除されました。
しかし、「テレグラム」では依然として広がっていてこれまでに数十万人が閲覧しているほか、今年6月には「アマゾン・プライム」のドキュメンタリー番組だと偽って生成AIで合成されたとみられる実業家のイーロン・マスク氏の声で、IOCがかかげる多様性などを非難する「続編」も出されました。
こうした政治的な影響を及ぼそうとする偽動画はほかにもあり、開会式の直前には衣服にパレスチナの旗をつけた男性がパリでテロを起こすことをにおわせる内容を語る偽動画がインスタグラムなどで広がりました。
この偽動画ではオリンピックにイスラエルの選手が参加することについて、男性が「血の川が流れる」などとフランス政府を脅迫する内容になっていますが、イスラエルとの戦闘を続けるイスラム組織ハマスはテレグラムでこの動画が「ねつ造」であると主張しています。フランスのAFP通信などは、アラビア語に不自然な点があることやロシアを支持しているインフルエンサーが拡散していることなどからロシアが関わっているとする見方を伝えています。
インターネットで広がるフェイク情報に詳しい桜美林大学の平和博教授に、なぜオリンピックで、こうした偽情報が広まるのか聞きました。
「パリオリンピックのように世界中の注目が集まるイベントは偽情報、誤情報の発信側にとっても、プロパガンダやみずからの主張を拡散させる大きな機会になる。注目の大きさが価値になる『アテンションエコノミー』によって情報の流通が加速していて、悪用もされやすくなっている」
また、オリンピックに関して偽のドキュメンタリー番組など生成AIを使ったとみられる偽の情報が広がっていることについては。
「テクノロジーの進化とメディア空間の変化によって、従来からあるオリンピックの政治利用、プロパガンダが大きくアップデートされていると言える。パリオリンピックの腐敗や混乱といった印象を広げることでウクライナ支援にくさびを打ち込みたい、ロシアからの一連の影響工作とされているものの一貫と位置づけることはできるだろうと思う」
今回のオリンピックでは誤った情報が選手へのひぼう中傷につながったケースも出ています。ボクシング女子66キロ級で金メダルを取ったアルジェリアのエイマヌン・ハリフ選手について、SNSでは「トランスジェンダーだ」「元男性だ」とする誤情報が拡散されています。
IOCのトーマス・バッハ会長は8月3日の記者会見で、ハリフ選手について「女性として生まれ、女性として人生を送ってきた。女性としてのパスポートを持っている。女性であることに疑いはない」として、誤情報だとしています。さらに、ハリフ選手の父親もロイター通信の取材に対して、ハリフ選手の幼い頃の写真や誕生日や性別が記載された公的なものとみられる文書を示し、「女性です」としています。
NHKではXの投稿でハリフ選手の名前ととともに、日本語でどのようなことばが言及されているか、SNSの分析ツール「Brandwatch」を使って調べました。ハリフ選手が最初の試合を行った8月1日とその翌日には、「トランスジェンダー」を意味する「トランス」ということばがおよそ3万8000件と最も多く、全体の59%を占めました(中には「トランスジェンダー」だという誤情報を否定する投稿もあります)。
閲覧数が多かった14件の誤情報の投稿をあわせると、1億回以上、見られていました。1件の投稿で1000万回以上閲覧されているものも4つあり、誤情報をもとにひぼう中傷が行われている状況がみられました。
IOCなどによりますと、ハリフ選手は去年の世界選手権で男性ホルモンの一種、テストステロンの数値が高く女子選手としての出場資格を満たしていないとして、IBA=国際ボクシング協会から失格処分を受けました。このことが「トランスジェンダー」などとする誤情報が広がることにつながったとみられます。しかし、IOCは8月2日に出した声明で、ハリフ選手は東京オリンピックやIBAが主催してきた世界選手権など、女子ボクシングの国際大会にこれまでも出場してきたとしたうえで、「大会の参加資格とエントリー規程などすべての定められた医療規程を順守している」としています。そして、去年の世界選手権でIBAが失格としたことについて「正当な手続きなしに突然、失格処分を受けた」と批判しました。IBAは組織運営の問題が相次いだとして国際競技団体の承認が取り消されています。IBAの会長はロシア人のウマル・クレムレフ氏で、イギリスの公共放送BBCはロシア大統領府と密接な関係にあるとみられるとしていて、国営エネルギー大手の「ガスプロム」がIBAの主要スポンサーになっていると指摘しています。
SNSで偽情報や誤情報も飛び交う今回のオリンピック。気持ちが高ぶる中で、誰かを傷つけることにもつながる情報を拡散させないためにどうすればいいのか。桜美林大学の平和博教授は次のように呼びかけています。
「オリンピックに関する情報を誰かと共有する場合には、高ぶった気持ちままで共有ボタンを押すのではなく、深呼吸をして、ほんの数秒でも時間を置いた上で、選手を傷つけるもの、偽情報、誤情報ではないか、見直すことが非常に重要なポイントです」「本当の情報と偽物の情報を見極めることは現状でも難しいが、今後さらに難しくなっていく。誰が発信をしたものか、どのような根拠で発信されているのか、政府、自治体、信頼できるメディアも同じ情報を発信しているか、情報の信頼度をもう一度確認をしながら接することが今まで以上に重要になってくる」
(ネットワーク報道部:岡谷宏基・籏智広太)
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