最大4万人の受刑者を収容できる大規模刑務所に収監された囚人(23年10月)=ロイター

【メキシコシティ=市原朋大】中米エルサルバドルの治安が急回復している。人口10万人あたりの殺人発生率(2023年)は2.4人と、世界最悪水準だった2015年(103人)の40分の1以下に低下した。原動力となったブケレ大統領による強権的な取り締まりは、国内外で評価が分かれている。

ブケレ氏は「エルサルバドルは西半球で最も安全な国になった」が口癖となった。19年に就任し、22年には非常事態を宣言。逮捕令状なしで容疑者を逮捕・収監できる態勢を整え、すでに全人口の1%を上回る7万人超を検挙している。

首都サンサルバドルから約70キロメートル、中部テコルカにある最大約4万人を収容できる大規模刑務所には殺人やレイプ、誘拐などの容疑で逮捕したギャングメンバーが多数投獄されている。メディアに公開された内部の環境は過酷そのものだ。

全身に入れ墨のある多くの囚人が鉄格子の大部屋にすし詰めにされ、簡単な便器と水が用意されている。寝具はなく、収容者は金属やコンクリート製の台の上で寝る。食事は軽食程度で、多くは出所の見通しすら立っていない。

エルサルバドルはかつて、殺人が多発する危険な国として知られていた。米国から強制送還されたギャング集団は住民にみかじめ料などとして金銭を要求し、抵抗すれば殺害する残虐性で知られた。有力グループ同士の抗争も絶えなかった。

南米から大市場の米国へ向かうコカインなどを中継する麻薬組織の活動も活発化した。治安回復を狙った政府とギャングの交渉も失敗し、15年の殺人発生率は世界最悪水準に達した。実業家出身のブケレ氏は「ギャングを撲滅する」と訴えて大統領に就いた。

大規模刑務所の環境は過酷そのものだ(23年10月)=ロイター

就任前、18年の殺人発生率は50人を上回っていた。首都・サンサルバドルでも住民が外出すら避けた時期があった。急速な治安の改善で国民から圧倒的な支持を得た一方、国際社会は強権的な手法による人権侵害をやめるよう繰り返し警告している。

国際人権団体のアムネスティ・インターナショナルは、国家権力による不当な拘束や拷問などによる受刑者の死亡が多発しているとする報告書を公表した。容疑者の逮捕に令状が不要なため、ギャングの知り合いや親族などといった形式的な事実のみで拘束されるケースも頻発しているとされる。

2期目に入ったブケレ大統領を国民は支持している(6月、エルサルバドル)=ロイター

エルサルバドルの大統領任期は1期5年に制限されているが、ブケレ氏は憲法法廷に憲法解釈を変更させて再選への道を開いた。任期途中でいったん辞職して再び立候補し、2月の大統領選挙は8割を超える得票率で圧勝した。ブケレ氏は21日、X(旧ツイッター)に「我が国の刑事司法制度は世界最高だ」と投稿して実績を誇示する。

一方、近年で治安が急速に悪化したのが南米エクアドルだ。23年の殺人発生率は44.5人と、18年(5.7人)の8倍に迫る急増だ。昨年の大統領選挙では有力候補が暗殺され、今年1月には生放送中のテレビ局のスタジオを武装勢力が占拠した事件を捜査していた検察官が殺害された。麻薬組織の関与が疑われるケースが多発している。

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