中国の中長期的な経済路線を決めた共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)、そして現役指導部と長老らが意見交換する「北戴河会議」。7月から続く夏の重要行事が終わった今、中国ではしばらくの間、新たな注目イベントはないと考えるのが常識だ。ところが、ちょっと気になる今後の政治日程を巡る観測が内部から聞こえてきた。

「習近平(シー・ジンピン)政権では、これまでの常識は通用しない。次の『4中全会』は意外に早く、前倒しで開催されるのではないか。2019年10月に開いた前回の4中全会から、もうすぐ5年が過ぎようとしているのだから……」

常識破って米大統領選後のどこかで

一体、何を論じ、何を決める重要会議だというのか。それは、中国の死活を左右する重要な対米関係と、それに連動する世界情勢、国際経済だという見立てだ。確かに今年11月初旬には、米大統領選の結果が出る。

米共和党の大統領候補、トランプ(78)が選挙演説会場で銃撃される暗殺未遂事件の後、トランプ陣営は勢いづいた。現職大統領のバイデン(81)はついに出馬断念にまで追い込まれる。

米大統領選の共和党候補、トランプ氏㊧と民主党候補のハリス氏=AP

ところが、後継となる米民主党の大統領候補に、現副大統領のハリス(59)が決まると、両陣営の支持率が拮抗。結果はますます予想しにくくなった。一連の米大統領選を巡る劇的な政治ショーは、中国で7月から続いた重要イベントと並行して進んだ。

米大統領選でいずれが勝利しても、米中関係の抜本的な改善は見込めない。ただ、中国として取るべき戦略・戦術に的確な修正が必要になる。中国が関係を強化してきたロシアによるウクライナ侵略の行方、イスラエル、パレスチナ、イランなど中東情勢、朝鮮半島情勢にも波及する要素がある。

それらは、最終的に中国が掲げる台湾統一政策にまで響いてくる。中国共産党総書記で国家主席の習近平(71)が、米大統領選の成り行きを見極めた上で、今後の様々な決断をしたい、と考えたとしてもおかしくない。むしろ、それが正常な判断だろう。

習政権中枢に「米国通」は皆無

現在の習政権は、構造的な欠陥を抱えている。それは、政治・経済両面とも、いわゆる米国通が極めて少ない。対米戦略・戦術をどうするのかは、今後の中国の命運を決める。それなのに肝心の米国について、奥の奥まで知る人物が政権中枢にはいない。

それどころか、外交・経済政策を担当する官僚機構でさえ、真の米国通が既にはじかれてしまった。国家安全の異常な重視、「スパイ」摘発の様々な新法規、厳しい情報統制の結果だ。今の習政権では、対立する外国勢力側の人間と親しく話すことさえ危険だ。それが職務遂行上の行為であっても、である。

典型例がある。2年前までマクロ経済政策と対米経済関係の司令塔を務めた前副首相の劉鶴(リュウ・ハァ、72)。習の信頼も厚かった彼は、習政権内で数少ない知米派のひとりといわれた。米国への留学経験があることから、米国に一定の知己もいた。

当時の劉鶴・中国副首相と握手するトランプ前米大統領㊨(2020年1月、ホワイトハウス)=ロイター

米中貿易戦争の折、劉鶴がホワイトハウスにあるトランプの執務机前に陣取って厳しい交渉を担った記憶は新しい。ところが今、習周辺には、こうした人材が皆無になった。

習も気にはなるようで、今も対米経済関係などについて、公職から引退した劉鶴のアドバイスを聞くこともあるという。こうした習政権の内部事情もあって、劉鶴は中国を訪れた米バイデン政権の要人と会う機会もある。もちろん秘密裏にだ。

バイデン政権側も竹のカーテンで仕切られた中国の内部を知ろうと必死である。劉鶴との接触は好都合なのだ。ところが、こんな動きや接触が米中の真のパイプとして機能しているとは言いがたい。制裁関税などバイデン政権が次々と繰り出す対中政策をみれば一目瞭然だ。

過去を振り返ると、16年の米大統領選の際、中国は人権、民族問題などで強い態度をとる民主党大統領候補だったヒラリー・クリントン(76)の当選を強く警戒した。一方、ビジネス界に通じる共和党のトランプならば、「取引」が可能な分、くみしやすし、と見ていたのだ。

ところが、果たしてトランプが当選してみると、中国に対して次々、予想外の攻め手を繰り出してきた。そして「米中貿易戦争」が勃発した。対処が遅れた中国は大きな痛手を被った。今度こそ同じ轍(てつ)を踏むわけにはいかない。

一連の経験を踏まえ、米大統領選の結果が出た後、いずれかの時点で共産党内の認識を一致させる幹部会議を開く意味はある。大方針を確認しながら、政治的な引き締めを図るのだ。「それが次の4中全会になる」という観測は理にかなっている。

北京市内で開かれた中国共産党の3中全会=新華社・共同

従来の共産党政治の常識なら、経済の大方針を決める3中全会は、共産党大会が開催された翌年の秋に開かれる。つまり、今期なら23年秋のはずだった。だが、習はそれを8カ月以上も先送りした。それでも年に少なくても一度は中央委員会全体会議を開く必要がある、という規定には合致していた。

4中全会に関して、習が再び、常識を破る開催時期とする可能性はある。もっとも早ければ、米大統領選の結果が出た年内から、新たな米大統領が就任する前後の25年1、2月までだ。

同3月には中国の全国人民代表大会(全人代)が控えているため、その後でもよい。少なくても、25年秋を待たずに、という観測だ。裏にあるのは、来秋まで待てば、再び後手に回りかねない、という強い危機感である。

今年7月の3中全会では、「中国式現代化」に向けた改革が繰り返し叫ばれたが、苦境の経済を打開する大胆な転換、新たな大方針は全く示されなかった。それは当然である。もし、ここで大胆な方針転換に踏み切るなら、過去12年にわたる習体制の執政が事実上、失敗したことを公言することになるからだ。

そして一旦、失敗を認めれば、いずれ責任の追及が始まる。27年の中国共産党大会で習がトップとして4期目を狙うなら、大きなマイナスになってしまう。それが中国政治の厳しい現実だ。

7月の3中全会で、新たな重要人事がまったく発表されなかったのも、経済を中心とした内政の苦境が響いている。政治的な安定をより重視する安全策をとるしかなかったともいえる。

ベトナムのトー・ラム共産党書記長㊧と握手する中国の習近平国家主席(19日、北京の人民大会堂)=共同

その一方、大国の指導者は、時に経済を含む内政の行き詰まりを、外交的な成果によって打開したいと考えがちだ。中国にとって対米関係が最も重要だが、中国と国境を接する周辺諸国との関係も大切である。

3週ぶり登場の習氏、中越会談に側近

ベトナムの新たな最高指導者となった共産党書記長、トー・ラム(67)を早速、中国に招いたのもその一環だ。7月末から約3週間ぶりに外国要人との会談という公の場に姿を現した習だけに、国際的な注目度も高かった。

習としては、ベトナム新トップの初めてとなる外国訪問先に中国が選ばれたことで、周辺外交の安定、成功をアピールできる。外交面での「得点稼ぎ」は、これまでと違う大きな意味がある。

19日、北京の人民大会堂で開かれた中国・ベトナム首脳会談の中国側顔ぶれには、気になる人物が座っていた。公安・警察組織を統括する公安相の王小洪(67)だ。共産党の重職である中央書記処書記と、副首相級の国務委員も兼ねる。

中国共産党中央書記処書記、国務委員、公安相の王小洪氏(19日、中国国営中央テレビの映像から)

王小洪は、1980年代から福建省で幹部を務めた習と縁が深い側近中の側近である。今回の出席はベトナム側カウンターパートの公安相も訪中したためとはいえ、習側近の目立つ顔見せだった。

いずれにせよ、次期4中全会では、対米を核にする国際政治・経済情勢も大きなテーマのひとつになりうる。その時まで、体制を再度、引き締めながら求心力を維持できるのか。そこで思うような新たな人事に踏み切ることができるのか。習にとっては、これからしばらくが勝負の時期となる。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

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  • 著者 : 中澤克二
  • 出版 : 日経BP 日本経済新聞出版
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