6月、韓国の尹錫悦大統領とタンザニアのサミア・スルフ・ハッサン大統領立ち会いの下で両国は経済連携協定(EPA)交渉開始の共同宣言に署名した=タンザニア大統領府提供

韓国がアフリカ各国との経済連携協定(EPA)締結に向けた交渉に乗り出す。数カ国とのEPAを突破口に、将来有望なアフリカ市場を開拓しようという経済外交の一環。日本はアフリカの旧宗主国である欧州勢だけでなく韓国にも先を越され、出遅れが一段と鮮明になった。経済連携は2025年に横浜市で開くアフリカ開発会議(TICAD)の論点として急浮上する可能性もある。

韓国とアフリカ東部タンザニア、2国間EPA交渉開始で合意

今年6月2日、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と、アフリカ東部タンザニアのサミア・スルフ・ハッサン大統領は2国間のEPA交渉を開始することで合意、両大統領立ち会いの下で両国は共同声明に署名した。

韓国政府は6月、アフリカ各国の首脳らを集めた「韓国・アフリカ首脳会議」を初めて開催した=AP

「貿易、投資、運輸、産業を含む様々な分野でパートナーシップを高め、両国の経済的な結びつきを戦略的関係に高める」と両国はEPA交渉開始を宣言した。同時に、韓国がタンザニアに今後5年で25億ドルの低利融資を実施するとともに、鉱物資源や映像・芸術の分野での協力、韓国によるタンザニアの若者への就労機会の提供なども打ち出した。

タンザニアは国内総生産(GDP)が約750億ドル(約11兆円)強の小国ではあるものの、人口は6000万人を超え、電気自動車(EV)に使うニッケル、リチウム、グラファイト(黒鉛)を産出している。こうした資源を確保しようという韓国側の思惑が、アフリカで初めてとなるEPA交渉国としてタンザニアを選んだ背景にあるとみられる。

韓国「アフリカに潜在成長力、経済協力はますます重要」

韓国はタンザニアと同じくアフリカ東部ケニア、アフリカ北部モロッコともEPA交渉開始の準備をしているもようだ。話は今年3月にさかのぼる。鄭仁教(チョン・インギョ)通商交渉本部長(閣僚級)がケニア、タンザニア、モロッコの駐韓大使と会談した。

「豊富な鉱物資源と人口14億人という巨大な単一市場を持つアフリカの潜在成長力と地政学的な重要性をふまえ、アフリカ大陸との経済協力はますます重要になっている」と鄭氏がEPAを持ちかけたのに対し、アフリカ3カ国の大使は「EPAは主要な道しるべ」と応じたという。

タンザニアとケニアは東部アフリカ8カ国でつくる地域経済共同体・関税同盟である東アフリカ共同体(EAC)の加盟国。ケニアはEAC加盟国で1人あたりGDPが最も高いリーダー的存在だ。EACは欧州連合(EU)とEPAで14年に妥結したものの、EAC加盟国の批准作業が難航。EAC加盟国が個別に通商交渉をすることを容認する方針に転じ、ケニアはEUと23年にEPA交渉を妥結・署名した。こうしてEAC加盟国であるケニアとタンザニアが個別にEPAを結ぶ道が開かれた。

アフリカでは大陸全体で市場を統合する「アフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)」がある。すでに一部で運用が始まっている。本格化までにアフリカの東側はケニアとタンザニア、西側はモロッコをそれぞれ入り口として、アフリカとの貿易・投資を増やそうというのが韓国側のねらいではないか。

アフリカ諸国との貿易額をみると、韓国は日本の背中を追っているものの、アフリカ向け輸出(アフリカにとっては輸入)額では日本を上回る年もある。韓国がEPAで先行することで日本を追い抜き、差は一気に開きかねない。

韓国のEPA戦略は中東からアフリカへ

韓国は日本が主導する包括的・先進的環太平洋経済連携協定(CPTPP)に加盟していないものの、侮ってはいけない。アラブ首長国連邦(UAE)とEPAで妥結したのに続き、UAEを含む湾岸協力会議(GCC)とも妥結した。イスラエルとも自由貿易協定(FTA)を発効させた。いずれも日本の先を行く。

韓国の産業通商資源部は中東を足がかりに「隣接しているアフリカ地域との産業・エネルギー資源分野での協力を推進する」という方針を打ち出していた。中東からアフリカへ――。その方針が具体的な形になってきたといえる。

アフリカ各国の主な貿易相手国をみるとうなずける。規模で圧倒する中国、伸びが著しいインド、旧宗主国の欧州勢に交じって、UAEやサウジアラビアが上位に顔を出す。中東とアフリカ諸国の経済的な結びつきを背景に、韓国企業が中東勢をパートナーとしてアフリカでの商機を拡大する効果が期待できる。

日本、対アフリカ貿易・投資伸び悩む

翻って日本。TICADという対アフリカの会議体を他の国・地域に先駆けてつくってから30年あまり。日本政府は10年代に貿易・投資を拡大する「ビジネスTICAD」にカジを切ったものの、その後の貿易・投資は大きく増えていない。対外直接投資残高をみると、「グローバルサウス」といわれる新興・途上国で存在感を高めるインド向けや、自動車産業の集積が進むメキシコ向けと比べ、アフリカ向けは伸び悩んでいる。

岸田首相はTICAD30周年行事にメッセージを送ったが……

EPAがないからアフリカ向けの貿易・投資が増えないのか。それとも日本企業の需要がないからアフリカとのEPA交渉を始める機運が出てこないのか。日本とアフリカの経済関係は「ニワトリとタマゴ」の関係に似ているが、日本政府内にも「韓国の動きを座視すべきではない」と危機感を抱く向きがある。

2国間投資協定を土台に、EPA交渉に動く時

アフリカ各国との2国間投資協定をめぐり、日本はエジプト、モザンビーク、ケニア、コートジボワール、モロッコとは発効済みで、アンゴラとは署名済みだ。アルジェリア、ガーナ、タンザニア、セネガル、ナイジェリア、ザンビア、エチオピアとは交渉中だ。こうした土台の上に、次の段階としてEPA交渉に動く時ではないか。

アフリカ各国では若年層の雇用創出が喫緊の課題だ。その一方で日本は人手不足に直面している。フィリピンやインドネシアと結んだEPAのように日本への人材受け入れをセットで盛り込めば、「貿易+投資+人流」の3点セットで日本とアフリカ各国の経済関係は大きく飛躍する可能性を秘める。

アフリカでは今なお低所得国は多く、内戦や紛争を抱えている国もある。民主主義の質や汚職といった問題は絶えない。その一方で人口14億人の大陸は若年層が多く、世界の総人口に占める割合は今後も高まり続ける。この巨大な「内需」をどう取り込むか。陣取り合戦に近いEPAやFTAで乗り遅れるほど、日本の経済的損失が膨らむリスクもはらむ。TICADでまだ手つかずの課題はある。

【関連記事】

  • ・韓国、アフリカ諸国と初の首脳会議 鉱物などで協力
  • ・日本企業、アフリカでエネ・農業に投資を 国連機関首脳
Nikkei Views 編集委員が日々のニュースを取り上げ、独自の切り口で分析します。 クリックすると「Nikkei Views」一覧へ
「日経電子版 オピニオン」のX(旧Twitter)アカウントをチェック

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。