「和を以て貴しと為す」は本邦の専売特許かと思っていた。ガザの争いを出すまでもなく、世界はずっと宗教や人種・民族間の争いが絶えない。海の向こうから仏教が伝わったわが国は聖徳太子が十七条憲法の最初にこの一文を掲げ、その後は「みんな仲良くで大体オッケー」とおおらかに、少し悪く言えば無節操に、今も異なる宗教文化が生活に溶け込んでいる。
こんなことがヨソでも理解してもらえるのかと思っていたとき、この小説に出会った。場所は1970年代から90年代末までのロンドン。優柔不断だが人のいい英国人が最初に出てくるアーチー・ジョーンズである。
このアーチーと戦友でバングラデシュ出身のイスラム教徒、サマード・イクバルという人種も信仰も違うおっさん2人の友情を軸に、その家族や友人らも関わりながら物語は進行する。アーチーの妻はジャマイカ出身。物語は後半、子供たちの時代へ移る。従軍中の出会いや先祖の話まで時空を往還しながら絡み合う。
著者自身が父は英国人、母はジャマイカ人。2000年に刊行されたときはずいぶん話題になったそうだ。ホームグロウンのイスラム原理主義者や日本でも注目された宗教2世の問題、移民社会の摩擦や世代間の分断など出てくるテーマの数々は重い。しかし単行本で上下700ページを超える大著ながら、常に笑いがあって退屈な章がまったくない。アーチーの自殺未遂に始まり、サマードが「アーチボルド・ジョーンズという人間が、いままで思っていたよりもずっと奥が深い」と悟るラストまで。
多種多様な人たちがひしめくロンドン。アーチーはみんなでうまくやっていきたいと思っている。「なんとなく平和に、仲良く」と。
大阪府茨木市 大神万理子(42)
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