観光ビザ(査証)の要件緩和や航空路線の増便、富裕旅行誘致を強める日本の戦略などを背景に、中東諸国からのインバウンド(訪日外国人客)が急増している。訪日旅行の未経験者が9割を占め、観光周遊コースの王道「ゴールデンルート」に位置する東京や京都、大阪では観光消費の押し上げに期待がふくらむが、徒歩でなく車などで観光地を巡る人が多いほか、旅程変更への柔軟性が求められるケースも少なくなく、受け入れには課題もある。

海外旅行支出額5倍に

新型コロナ禍から回復が進む訪日観光市場において、中東諸国の存在感が高まっている。2019年の水準を超える客数で推移し、昨年は過去最高となる10万9600人が来日。日本政府観光局(JNTO)は「数は少ない分、潜在市場として重点的に取り組むべきエリアだ」と強調する。21年11月にJNTOとして初となる中東の事務所をドバイに開設し情報発信を強化している。

23年の訪日旅行消費額は新型コロナ禍前を上回る計5兆2923億円(速報値)と過去最高を更新し、政府は30年に約3倍の15兆円に伸ばすことを目指す。

一方、国連世界観光機関(UNWTO)によると、湾岸協力会議(GCC)加盟のペルシャ湾岸6カ国は20年に約4600万人が海外を旅行し、30年は約6100万人になると推計。海外旅行支出額は22年の500億ドルから31年に2520億ドルと約5倍に跳ね上がるとの調査もある。情勢不安はあるものの、経済成長による可処分所得の高まりで旅行の消費額は増えており、中東市場は「量」から「質」への転換を図る訪日戦略を牽引(けんいん)すると期待される。

1週間ハイヤー借り切り

こうした中、中東系の航空会社が日本と中東を結ぶ路線の新規就航や運航再開を進めており、訪日しやすい環境は以前にも増して整ってきた。

アラブ首長国連邦(UAE)の国営航空会社「エティハド航空」が昨年10月、アブダビ―関西国際空港路線で初就航。トルコは国営「ターキッシュ エアラインズ」の東京・成田―イスタンブール線を昨年8月から増便し、関空では昨年末に約7年ぶりの運航再開を果たした。国営「カタール航空」は今年3月1日に関空―ドーハ線の直行便を約8年ぶりに再開。円安や観光ビザの発給要件緩和も中東から旅行客を呼び寄せている。

百貨店やホテル、飲食など観光業界の関心の高まりを受け、訪日PR業のイグルー(東京都千代田区)は昨年10月、中東向けに特化したPRやマーケティングを代行する新サービスに乗り出した。「インフルエンサーを起用したPRから、中東富裕層の旅の好みを探る調査まで、企業から寄せられる相談の幅が広がっている」と担当者は明かす。

また、「中東から迎えるお客さまが増えてきた」と話すのは、京都市内の高級ホテル関係者。1週間以上ハイヤーを借り切り周遊観光を楽しむ人もいて、ホテルでの消費につなげることができればより高単価を狙えるとみる。東南アジアなどからの訪日旅行に強みを持つ大阪市の旅行会社も「今後の成長市場」として中東を挙げる。

イスラム教基づき接待

ただ、受け入れには課題も多い。観光業界の関係者はイスラム教に基づいたもてなしを課題に挙げ、戒律にのっとったハラル食や礼拝用のマットを用意するなど「フレンドリー(友好的)と認知してもらうことが重要」と説明。ジェトロは「その日の気分で旅程を組む傾向があり、直前の予定変更にも柔軟に応じることが求められる」とし、観光スポットを自由に巡れる2次交通などの必要性を指摘する。

また、この流れを加速するには〝太く〟なった航空路線の維持も欠かせない。中東系航空会社による日本路線拡充の狙いには日本からの観光誘致があるが、一方通行では今後の増便も難しい。その点、日本人の海外旅行は中東方面も含めて現状、勢いに欠ける点が課題だ。

トルコは日本との国交樹立から今年で100年を迎えるのに合わせて日本国内でのPRを強化しており、カタールもハブ空港のハマド国際空港を拠点に日本から欧州やアフリカなどへの乗り継ぎ需要の取り込みを図っている。遠方の海外旅行へ足を延ばせるのは諸外国と同様、日本でも富裕層が先行しているが、彼らにどう魅力を伝えられるかもカギとなりそうだ。

サウジアラビアは石油依存からの脱却に向け、30年までに国内総生産(GDP)に占める観光業の割合を4%超から10%に引き上げる目標を掲げている。今年は昨年の2倍超となる約2万8千人の日本人客を呼び込む計画で、将来的には「サウジと日本を結ぶ(国営の)サウジアラビア航空の直行便を就航させたい」とサウジアラビア政府観光局アジア・パシフィック担当プレジデントのアルハサン・アルダッバグ氏は話す。

一方、観光往来の活発化に対し「日本経済にとって観光以外の良い効果も生む」と期待するのは、ジェトロの松村亮・調査部中東アフリカ課長。石油資源を買い、日本車を売るといった貿易交流だけでなく、アニメなどを含む娯楽コンテンツ、気候変動対策や脱炭素につながるグリーンビジネスなど「中東と日本を結ぶさまざまなビジネスの礎となるはずだ」としている。(田村慶子)

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