精神科医としてのこれまでを振り返る平田豊明医師=千葉市

春の叙勲の受章者が発表され、千葉県関係では171人が栄誉に輝いた。発令は29日付。このうち、瑞宝小綬章を受章した精神科医で元県精神科医療センター病院長、平田豊明さん(73)=千葉市=にこれまでの人生の歩みや精神科医療にかける思いを聞いた。

「自分一人の受章ではなく、私と一緒に仕事をしてくれた皆さんや患者さんの汗と涙があってこそだ」

受章の喜びを控えめに、こう表現した。

国内初の精神科救急専門病院として昭和60年、千葉市美浜区に設立された県精神科医療センター(現・県総合救急災害医療センター)の発足に携わった。

できるだけ早く退院できるように医師や看護師らを多く配置し、集中的な治療を施す。退院後も手厚いケアで患者を支える。これがコンセプトだ。

長期入院で社会から「隔離する」という意味合いも含まれていた精神科病院の「常識」を打ち破る画期的な取り組みだった。

「長く患者さんを閉じ込めるようにしても病状は良くはならず、社会に出たときの生活能力は下がるだけ。日本の精神科の病院を療養施設から治療施設に変えるくさびになった」

同センターをモデルにした病院が各地で設立され、患者の平均的な在院日数は大幅に減少した。

新潟市出身。千葉大医学部時代に精神科医の道に進むことを心に決めた。治療方法など未知の分野が多いことに魅力を感じた。

だが、それだけではなかった。突き動かしたのは怒りだ。

「精神に関わる病気は最も高次の機能に関する病気だが、患者さんの処遇はなぜ、こんなに低次なのか。これが病院といえるのか」

狭い部屋で、大人数の患者が療養し、横になるときには互いの体が触れ合うほどだったという。「作業療法」と称して病院での雑役を強いられるなど、患者が粗末に扱われる状況を目の当たりにし、決意した。

以来、半世紀近くにわたり、患者と向き合い続けてきた。症状だけに目を向けるのではない。患者の人生にも焦点を当てて会話を重ね、病気に至った背景などを慎重に探り、治療を施す。

「幻覚の中にいる状態の患者さんに、『病気にかかっている』と診断し、対応することだけが治療ではない。患者さんがどんな世界に生き、患者さんの中で何が起きているのか想像力を働かせ、共感することが治療につながる」

各地の病院に出向き、週に5日は診察する。

「頭と体がしっかりしているうちは外来診療や入院患者への治療、後輩への教育に取り組む」と語り、医道を貫くことを誓った。

(松崎翼)

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