(13日、第106回全国高校野球選手権東東京大会2回戦 葛西工科1―9青稜)
不登校だった中学時代を経て、マネジャーへ。葛西工科の鈴木えみ(3年)は13日、記録員としてこの日の試合に臨んだ。最後の夏、初戦で敗れたが、チームとともに成長した3年間だった。
中学2年生の3学期。朝、学校に行こうとすると、おなかが痛くなるようになった。次第に行けなくなり、3年生の1年間はほとんど登校できなかった。
葛西工科への進学を転機にしようとした。今までの自分を変えるため、憧れていた運動部のマネジャーに挑戦することにした。野球部の同級生が誘ってくれた。
マネジャーになってはみたものの、ルールが分からずスコアは書けない。練習時間は長く、休みも少ない。つらいと思うことも少なくなかった。
それでも、選手と話すのは楽しかった。練習の手伝いもやりがいがあった。気がつけば、部活が居場所になっていった。中学の頃とは違い、学校に行くのも苦ではなくなった。
昨夏、先輩が引退すると、新チームは自分も含めて5人に。このままだと、最後の夏は連合チームでの出場になる。「みんなの努力が報われなくなっちゃうみたいで、絶対にいやだ」。先輩が参加する最後のミーティングで「次の代も単独で出て、絶対に勝ちます」と宣言した。
新入生を勧誘するため、部のインスタグラムに写真を投稿。チラシも作り、校内に貼った。昨秋と今春の大会は連合チームで出場したが、今春、1年生が9人入部。宣言通り、今夏の単独出場をつかんだ。
たどり着いた13日の試合。2回に2点先制されると3回にも2点を取られた。その後も主導権を奪えず、力負けした。
ただ、最後のスコアシートには、選手とずっと一緒にいた自分にとって大事な記録があった。もう一人の3年生の城野啓進主将は、最後まで投げきった。普段は打てない下級生が安打や犠飛で、1点を返した。
チームメートが懸命に戦う姿をスコアシートに記録し、目に焼き付けた。「みんな、成長したな。最後まで笑顔でやれて、よかった」=駒沢(佐野楓)
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