全日本実業団陸上が21~23日の3日間、山口市の維新百年記念公園陸上競技場で開催され、男女走幅跳には復調のきっかけを求めるパリオリンピック™代表の“日本記録保持者”2人が出場する。泉谷駿介(24、住友電工)は110mハードルの日本記録保持者(13秒04・23年)だが、パリ五輪では準決勝止まり(13秒32)。秦澄美鈴(28、住友電工)も昨年日本記録(6m97)保持者となったが、パリ五輪は良いところなく予選落ちした(6m31)。
出場種目は泉谷にとっては高校・大学時代も行っていたサブ種目、秦にとっては走高跳が専門だった大学を卒業後に転向した専門種目になる。2人とも全日本実業団陸上を、東京世界陸上に向けてのステップにしたい。
泉谷、秦とも失意のパリ五輪
昨年のブダペスト世界陸上の泉谷は、五輪を含めこの種目日本人初入賞(5位)を達成した。走幅跳の跳躍力を生かし、ハードルに向かって遠くから踏み切ることができる。
それがパリ五輪では、遠くから踏み切ることができなかった。
「(ハードル間の)インターバルを刻む能力や、ハードルに突っ込む角度が今シーズン、僕の中でちょっと見つけられていませんでした。そこが修正しきれずインターバルが結構詰まってしまったんです。それが大きかったかなと思います」
近い位置から踏み切るとハードリングが浮くような軌跡になり、接地から走り、走りから踏み切りという一連の流れに鋭さがなくなってしまう。
「薄々こうなるのでは、という予感が心の中にありました。理由は正直、今はわからないのですが、そこを整理して今後に繋げていけたらと思います」
秦のパリ五輪は6m31で、予選全体で26番目の成績だった(12人が決勝に進出)。22年のオレゴン世界陸上は予選全体で19番目、昨年のブダペスト世界陸上は23番目。パリ五輪は6m59の選手まで予選を通過したが、秦の10番目の記録は6m60である。アジア選手権は昨年、室内も屋外も優勝した。国際大会に弱いわけではないが、五輪&世界陸上では結果を出せない。
「コンディションは今までの世界陸上などの中でも一番良くて、ケガもなく、直近は本当に良い感じでした。今までの失敗は気持ちと技術と両面、半々でとらえてきて、今回は両面とも準備をしっかりできました。それでもうまくいかないのは、もしかしたら他にも問題があるのかもしれません」
パリ五輪の泉谷と秦はどう対処していけばいいか、明確に思い描くことができていなかった。
秦は厚底スパイクの技術を定着させることも狙いか
秦は「どうすればいいのか」とパリでは話していたが、やるべきことの1つに厚底スパイクへの対応がある。
昨シーズンまでは従来の薄底スパイクを使用していたが、今季から厚底スパイクを履いている。世界的にも厚底スパイクで記録を伸ばす選手が多く、可能性があるのなら挑戦したいと、日本記録を跳んだスパイクから思い切って変更した。
厚底スパイクでは、素早く刻むように走って踏み切り準備をする最後の4歩が、浮くような走りになっていた。そこを修正するために5月から、踏み切り準備を4歩ではなく最後の2歩で行うことにした。
「以前の助走は動きが大きくなりすぎて、踏み切り準備でさばく(ストライドを狭めてピッチを速く走る)ことができず、ファウルを連発していました。スパイクを変えて若干違ってきていた感覚に合わせるためと、ファウルを減らす意味も含めて、最後の最後まで走り込むイメージで走った方が上手く行くと思いました」
新しい助走が結果につながっていない可能性はあるが、新しい助走をモノにできれば記録が一気に伸びる可能性もある。国内の試合なら国際大会よりも冷静に技術を分析したり、自身の感覚と動きを照合したりしやすくなる。
秦にとって一番は6m70以上、悪くても6m60以上を跳びアベレージを上げることだ。今シーズンはアベレージが昨年よりも下がり、パリ五輪に不安を持って臨むことになってしまった。
アベレージを上げる記録を跳び、なおかつ自身の跳躍を分析する。それができれば秋シーズン中に日本記録を更新できるかもしれない。それができなくても、冬期練習で追求すべき課題を明確にできる。
他種目でも強さを発揮する泉谷
全日本実業団陸上は夏の国際大会終了後の9月開催ということで、泉谷は入社1年目の22年から専門外の走幅跳に出場してきた。22年は8m00の自己新で優勝。橋岡優輝(25、富士通)に5cm差で勝ったことが陸上界をざわつかせた。昨年は8m10で2連勝。8m台の自己記録を持つ複数選手に、これも2年連続で勝った。
走幅跳に出場する理由は「単純に楽しみたいというか、走幅跳が好きなので、気分転換のような感じで出ています」と話した。
走幅跳の何が、110mハードルに生きるのか。その質問への答えに驚かされた。
「踏み切り前の刻む部分だったり、そういうところがハードルと似ているかな」
踏み切りの強さが、遠くから踏み切るときにプラスとなるのは自明だが、ハードル間の走り方が課題の泉谷には、踏み切りそのものより、踏み切り前の走り方が参考になっていたのだ。
泉谷は100mにも今年は積極的に出場している。パリ五輪から帰国後の初戦は8月18日の富士北麓ワールドトライアル100mで、予選では追い風参考ながら10秒14をマーク。9秒98の自己記録を持つ小池祐貴(29、住友電工)に0.12秒先着した。
パリ五輪の準決勝後には「(ハードルのインターバルの走りとは逆に)制御されない100mにも出場します。そこで力を発揮したい」と、100mへの出場を楽しみにしている様子だった。
泉谷は高校時代は八種競技でインターハイ(高校生の全国大会)に優勝した。色々な動きをすることで総合的に力を伸ばし、それを専門の110mハードルに凝縮して世界レベルの記録を出してきた。
110mハードルで世界と戦うレベルになった今でも、多種目を行うことが自身の成長につながると、直感的に感じているのだろう。
真剣勝負とは少し違う戦い方になるが、専門外種目に出場する選手が多い全日本実業団陸上は、世界で戦うために有効に利用できる大会である。
(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)
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